第29話 ヌコ

 魔王城に繋がるラストダンジョン・デスサンクチュアリの入口からちょっと右に逸れた場所。そこには文字通り、隠れ家的スポットが一夜にして建ったという。

 Fランクの冒険者は、経済的に考えて毎日宿屋に泊まるような生活なんてできない。


 ならば、俺は考えた。

 そうだ、建設しよう。

 賃貸はあかん。時代は分譲や!


 昔読んだなろう系を見習い、俺はクラフト魔法でアパートを一棟建てた。打ち出の小槌よろしく、トンカチをトントン叩けばアパートの出来上がり。

 ……いや、その理屈はおかしい。施工しろ、施工。


 否、異世界転生モノに現世の常識は持ち込めない。持ち込み許可は、知識かスマホだ。

 待て、まだ住めない。電気や水道、ガス等ライフラインを――魔法で解決。


 俺は、思考と行動による二律背反で酷く頭痛が痛かった。

 こめかみを押さえながら、新しい同居人の部屋に入った。

 クラフト魔法で新しい家具を作ろうとすれば、ちょうど本人も戻って来た。


「ご主人さま、何をしていますです?」

「DIY」

「でぃーあいわい?」


 ヌコが口をすぼめ、首を傾げた。

 俺は、好奇心を刺激されたと言わんばかりのヌコを眺めた。


 頭部にネコミミが生え、首元には鈴付きチョーカー、腰の辺りから尻尾が揺れている。キャットピープルと呼ばれる種族のヌコと初めて会ったのは治安の悪い街だった。


 いわゆる、奴隷ビジネス。獣人に人権はないとのたまう商人のあこぎな商売である。


 日本でのほほんと暮らしていた俺は、奴隷ビジネスというワードが嫌いだ。見世物小屋から脱走したヌコのいざこざに巻き込まれ、Fランクの冒険者は見世物小屋を仕切っていた悪徳商会に狙われることに。


 襲いかかる用心棒たち。絶体絶命の危機? それは特になかった。

 まさか、現代知識で無双を体験できるとは……なかなかどうして、初体験。

 見世物小屋を取り潰して獣人の隠れ里に奴隷たちを保護してもらったところ、ヌコは俺に懐いたらしく仲間になりたそうにこちらを見つめていた。


 奴隷少女、助けてもらった転生者に恩を感じてパーティーに加わるパティーン。

 これ、知ってる! ご主人様の言うことは絶対厳守! はいオアYESな、肯定感。


 着実にテンプレをなぞっていると思いました。

 それにしても、この界隈は主人公より立場の弱い子を無条件降伏させるの好きだよな。異世界ポツダムかしら。


「よし、完成」


 DIYでヌコのベッドを作った。材料は、トネリコの樹。軽くて丈夫、耐久度は、ドラゴンアーマー並み。北欧神話に出てきそうな木材だけど、きっと杞憂に違いない。


「喜べ、ヌコ。特注のベッドだぞ」

「はわわ、凄いです! 丸太が一瞬で家具になりましたです! 流石です、ご主人さま!」


 ヌコがベッドにダイブするや、ピョンピョン跳ねた。

 俺は、自嘲的な笑みを漏らしていた。

 ――起きろ。


 凄いのも、流石なのも、俺ではなく、異世界転生ハーレムチート無双の不文律だよ。


 Fランクの冒険者ゆえ難しいことは分らんが、テンプレという敷かれたレールに乗っかっているだけである。<異世界転生>の適性のおかげで、俺は享楽に耽っていないか。


 そこに個人の主張などない。ただ承認欲求を満たすため、思考の放棄が推奨される。

 俺の中で看過できない違和感が募り始めていく――


 何か、忘れていないか……? 大事なこと、大事なものを……?

 焦燥感に駆られ、俺はヌコの部屋を退出すべく。


「ご主人さま、どこへ行きますです? ヌコもご一緒しますです」

「ちょっと、トイレ!」


 嘘だ。空腹は魔法で抑えている。トイレはほとんど行かない。

 この異世界は、皆大好き中世ヨーロッパスタイル。ゆえに、衛生問題は鼻つまみレベルでお察しさ。街の噴水に、フンッとボットンされていた光景はトラウマである。


 封印指定、禁断、始祖、あらゆる魔法を講じても、トイレ問題は解決できなかった。

 俺に上下水道を管理するチート能力があれば、結末は変わっていただろう。


「はわわわ!? ヌコ、お待ちしてますですっ」


 ベッド上で転がり回るヌコ氏を置き去り、俺はじゃあなと呟いた。

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