第28話 姫騎士

 三日後。

 エルノートは、閉鎖的な里の戒律に嫌気が差して出奔したらしい。

 楽しいことがしたい! 具体的には決まってない!

 フワフワした目的のため、エルノートは協力者に俺を選んだ。


 Fランクの冒険者では彼女の期待に沿えないだろうが、ひとりぼっちは寂しいゆえ目的地不明な旅路を連れ添うことに。

 そういえば、街道を外れた雑木林に足を踏み入れた時にハプニングが起こったな。


 …………

 ……


「ブヒ!」


 この異世界では、オークがモンスターの代名詞と教わった。ゴブリンやグールなども存在するが、オークの数が圧倒的に多いらしい。繁殖能力の差か?

 さて、再びオークを発見したがもちろん別個体。先日の一件を謝罪しようにも、彼らはもういない。俺が、処してしまったのだから。


 今度は一体何をやっているのやら。

 Fランクの冒険者は危機意識が希薄なので、間近な木の裏に隠れて様子を覗き込んだ。


「ブーヒヒ」

「ブヒヒン」


 オークたちが会話を交わす中、俺は非日常な光景に気付く。


「魔獣どもめッ。正々堂々戦え、この卑怯者!」


 女性が、大木の太い枝に吊るされている。縄で縛られ、ぶらんぶらん揺れていた。

 くだんの人物は眼光こそ鋭いものの、スカートがビリビリに破れ太ももを晒し、胸元のプレートが壊れており純白の下着が露出していた。


 俺は全てを悟った。

 あの人、姫騎士ってやつだと。ポニーテールの凛々しい風貌は、大体姫騎士さ(厳正なるなろう調べ)。


「ブー、ブヒン?」


 あの子、なんで騒いでんの?


「ブヒン、ブーブブ」


 多分、このトラップを俺たちの仕業だと思ってる。


「ブヒ、ブヒヒヒ?」


 これって、ハンターのトラップだろ?


「ブ。ブヒヒ、ブブヒヒーン」


 そ。今時、こんなトラップに引っかかる奴いねーよ。


「ブヒブヒ、ブヒブヒブヒーン。ブー」


 おいおい、目の前にいるだろ。間抜けだ。


「ブヒブ。ブーヒッヒッヒッヒ」


 それな。ちょーウケる。

 ……という経緯らしい。


「おのれおのれっ。どれほど卑劣な罠を仕掛けようと、我が道に退路なし」


 姫騎士は吠えた。どれだけ劣勢だとしても、モンスター相手に引くつもりはないと。

 でも、その罠はハンターが仕掛けたらしいよ。


「うぅ……あぁ……あんっ」


 突如、姫騎士が顔を赤らめて嬌声を上げた。

 ど、どどどどうした? べ、別に興味はないけど目を凝らしますぞ!


「……っ! 動けば動くほど、縄が擦れて……抵抗するほどキツく縛られていく」


 ふむ。いいぞもっとやれ。頑張れ、縄。負けるな、縄。


「このような扇情的な格好にして我を屈服させようとは……なかなかどうして魔獣とは欲望に忠実だな。否ッ、このまま恥を晒すなら潔く死んだ方がマシだ!」


 姫騎士の気迫を感じた。ついでに、既視感を覚えた。

 姫騎士は追い詰められると、口を揃えて同じ文句が出るもの。

 断言する。彼女もあの言葉を言い放つ、と。


「――クッ、殺せッ」


 そして、くっころである。

 くっころだ、生くっころだ。

 自分、本物が聞けて感動しました。


「ブヒ、ブヒヒヒー? ブヒヒ」


 いや、殺さないけど? 物騒だし。


「ブヒヒヒ、ブヒ。ブヒヒン」


 争えば憎しみ合う。そんなの不毛だろ。

 吊るされてなお暴れる姫騎士を見上げながら、オークたちは淡々と呟いた。

 失礼な言い方だが、ビジュアルに反して彼らは理性的だった。


「ブヒー、ブヒブヒ。ブヒヒヒ」


 仕方がねえ、下ろしてやる。じっとしてな。

 加えて、紳士的だった。


「あくまで、我を辱めると言うのだな! 恥辱を貪り尽くすとは下賤な魔獣めッ」

「ブヒ、ブヒブーヒっ」


 おい、よせ暴れるなっ。


「ブー、ブヒ」


 危ない。落ち着け。

 潔くなんたらーと仰っていた姫騎士殿は今、猛烈に抵抗していた。大木の幹を上手く踏み場にして、軽やかに宙を舞う。


「ブヒー。ブヒ、ブヒヒヒン」


 よく聞け。俺たち、人間の女は好みじゃねーぞ。


「ブヒブ。ブヒン、ブブヒヒ……」


 そうだ。顔がツルツルだし、肌の色がちょっとな……

 俺は、ふと考えた。

 言われてみれば、オークの好きな女性のタイプとか誰もちゃんと調べたことないよな。


 ブヒブヒ鳴いてるし、雑食だろとか。エッチなゲームのヒロインを貶める当て馬もとい当て豚扱いは、人間の身勝手な偏見なるぞ。オーク、ごめん。


 和解には遅すぎた溝をひしひしと感じながら、せめてこの場だけは穏便に収めよう。

 俺は、木の裏から飛び出すや声を上げた。


「姫騎士! オークは、あなたが好みじゃないから襲わないって言ってるぞ! あと、縄を解こうとしてる親切な連中だ!」

「……貴様は? いや、それより何と申した? 奴らが何と?」


 姫騎士と目が合うと、なぜか難しい顔をしている。


「え? オークは、姫騎士が好みじゃないって話?」

「――っ!? おのれッ。我をここまで愚弄するとは、甚だ許されざる蛮行なり! 魔獣ども……万死に値する!」


 ミシシ、と音が鳴った。

 諦めず抵抗した成果だろうか、ついに姫騎士を吊るした縄がブチンと千切れた。


「……っ――クッ」


 自由落下を経て、尻もちをついた姫騎士が思わず怯んでしまう。痛みを堪え、フラフラと立ち上がった根性は騎士の矜持というべきか。

 姫騎士は、束縛から解放された。俯き加減で表情は読み取れない。


「ブヒ。ブヒヒン?」


 おい、どんな状況だ?


「ブー、ブヒヒヒ」


 さー、もう分らん。

 オークたちは鼻を鳴らすばかり。

 俺が司会進行した方がいいかしらと一歩踏み出した瞬間。


「……下劣なオークども、覚悟しろ。誇り高き我を弄んだ罪、償ってもらうぞ。これより、断罪の剣を抜く。楽に死ねると思うな」


 姫騎士、抜刀。

 黄金の刀身が眩い剣だ。もしや、聖剣? それとも、DXエクスカリバー?

 自称誇り高きお方ゆえ、流石に騎士道精神とやらは順守すると油断すれば。


「ぶっ殺してやるッ。絶対、ぶっ殺してやる!」


 そして、ぶっころである。


「ハァァアアア!」


 裂ぱくの気合を込めて、姫騎士はオークたちへ彼我の距離を詰めた。今まさに、命を奪う刃が振り下ろされていく――

 ガキンッ。


「ちょ、おまっ、落ち着け」


 俺は地面に落ちていた木の枝を拾い、聖剣の攻撃に割って入った。


「バカな……っ!? 聖剣ゼットカリバーの剣戟を棒きれで防いだ、だと……?」

「こっちもビックリだよ! ゼットカリバーって何だよ! パチモンじゃねーか」


 この世界では由緒正しき聖剣かもしれない。後になって気付いた。


「貴様! なぜ、我の邪魔をするッ」

「いや、一方的な言いがかりだったからつい……」

「フンッ。魔獣に与する怪しい奴め。まとめて成敗してくれるッ」


 姫騎士は聖剣で俺を押し返すと、後方へ退いた。

 聖剣を上段に構えた途端、刀身の輝きが見る見るうちに増していく。


「光栄に思え、我が奥義を開帳してやろう。棒きれの小細工もろとも、消滅させる」


 どう考えても、必殺技の準備モーションである。

 俺は、Fランクの冒険者ゆえ相手の力量はちっとも計れない。気合で乗り越えろ。


「逃げろ、オーク! ここは俺に任せて、先に行け!」


 言ってみたかったセリフランキング一位を使えて、俺は満足さ。


「ブヒ、ブヒブヒブヒ!」


 やば、やばいやばい!


「ブブッヒ、ブヒンブヒン! ブヒヒヒ!」


 ダメだ、お前死ぬ気か! 早まるな!


「ブヒ、ブーヒー!」


 よせ、巻き込まれるぞ!

 そう言い残し、オークは連れと共に逃げ惑う。


「ハハハハ! まだまだ射程範囲内だ! 我を憤慨させたこと、死をもって償え」


 姫騎士の哄笑が雑木林に響き渡った。

 ったく、完全に悪人のそれだ。でも、ちょっと楽しそう。


「聖剣よッ。我が声に応え、邪悪なる者を殲滅せよッ」


 聖剣から光の粒子がキラキラと溢れ出す。魔力充填、臨界突破?

 俺をニヤリと一瞥するや、姫騎士は必殺の一撃を振り下ろした。


「ゼットカリバァァアアアア――ッッ!」


 例えるなら、昔、アニメで見たような斬撃のビーム化。

 真っ直ぐ振り下ろしたのに、なぜかZをかたどった光線が迫り襲う。

 細かいこと気にしたら、負け。そんなんじゃ、なろう系はやってられないよ。

 俺は姫騎士を見習い、木の枝を上段に構えた。


「なんかビーム出ろぉぉぉおおおーっ!」


 果たして、主人公補正の賜物か、チートの発露か――

 ビーム、出ちゃいました。冷やし中華、始めました。みたいなノリで。

 ズドガァァアアアンンンンン――ッッ!


 ビームが衝突すると、轟音を響かせながら爆発が起きた。強い衝撃が暴風となって、砂煙を巻き上げた。雑木林の木々など、いとも容易くなぎ倒されていく。

 聖剣と木の棒が繰り出した必殺技の衝突が収まった。


「やったか!? ククク、我の前に立ち塞がる悪は全て滅びる運命だッ」

「やったか!? はやってない。常識だろうに」

「……っ!」


 砂煙を突風の魔法で切り払って、俺は姫騎士の前へ歩を進めた。


「ば、バカな……あり得ぬ、ぞ……我が必殺の一撃を……聖剣の煌めきを、棒切れで二度までも!?」


 驚愕に満ちた姫騎士は、現実を認めたくないと首を何度も横に振るばかり。

 主人公の妙技に対して、お手本のようなオーバーリアクションだった。異世界転生モノは、現地の実力者を引き立て役にするからな。チート野郎が増長する最たる原因だ。


「普通は無理だろうさ。けど、異世界転生した奴は多分皆できるぞ?」


 姫騎士は腰が抜けてしまったらしい。後ずさると路傍の石に躓き、尻もちをついた。


「大丈夫か? それにしても、ゼットカリバー。かっこいい技だ――」

「く、来るなぁぁあああっっ! 貴様、何者だ!? まさか、伝説の勇者かぁっっ」

「いや、勇者じゃない。通りすがりの冒険者。階級はFランク」

「ふざけるな! Fランクの冒険者? そんな輩に、この我が後れを取ったと?」


 俺が手を差し伸べると、姫騎士はパンっと手を払った。


「嘘は言ってないんだが」


 試しに冒険者カードを示すも、聞く耳持たず。真実から目を逸らしてはいけませんぞ。


 さりとて、いくら姫騎士が知らぬ認めぬ信じぬを通しても構わない。

 俺は、己の自己満足に従いオークに助力したに過ぎない。彼らは退散した。満足だ。


 そろそろ町に戻ろう。きっと、用事が済んだエルノートが待っている頃合い。

 ワープするため、姫騎士から距離を取った。


「貴様、どこへ行くつもりだ! 逃げる気かッ」

「逃げる逃げる。てか、時間なんで帰る。じゃ、今度は冷静に考えてくれ」

「待――」


 間髪入れず、俺は近隣の町へワープした。

 田園風景広がるザ・田舎。

 モォ~と牛舎の牛さんが、畜産も盛んだよとアピールを欠かさない。


「宿屋の部屋まで、パッと移動できないものか」


 だって、ワープでしょワープ。使えるだけで、使いこなせるわけではないのか。

 入口がブックマークポイントなのは、まあゲームっぽい世界ゆえ。

 宿屋に向かうとしたちょうどその時、ジャリと足音が聞こえた。


「残念だったな。テレポートが使えるのは貴様だけと思ったか!」


 振り返らなくとも、先ほどの厄介な人である。

 俺は気付かないフリをして、ヒューヒュー口笛を吹いた。


「今日はお散歩日和だぜ」


 気持ち早歩きでこの場を離れていく。


「ま、待て! 待つのだ! 決着が付いてないぞッ」

「……」


 競歩で世界記録が狙えそうなスピードで飛ばした。どちらかの脚は地面に接するよ。


「いやっ。ほんと、待て! 待て待て。待ってください、お願いします!」


 姫騎士が息を荒げ、必死に懇願してきた。

 俺は、渋々歩みを止めた。


「決着が付いてないって言ったけど、そっちの勝ちだよ。俺、逃亡したわけだし」

「そんなもの、認められるかッ。貴様は完全に手を抜いていた!」


 実力を発揮できないのは当然だろ。Fランクは、万全を期す技術がないのである。


「こんな屈辱は初めてだ……聖剣折れずとも、我が心は折れてしまった……この得体の知れない男には勝てないと、臆したのだ……」

「大変っすね。めちゃくちゃエリートっぽいし、一度の挫折をズルズルと引きずりそう」

「他人事のように言うな! 貴様のせいだろーがッ」


 姫騎士、聖剣を振り回すな。

 八つ当たりは勘弁してくれ。メンタル面は、Fランクだな。

 仕方がなく、じゃあどうすればいいのか尋ねると。


「貴様を超えることでしか、我が誇りは取り戻せない。ゆえに、我を傍に置くといい」

「んー? なるほど、分からん」


 何となく、方向性は理解していた。

 しかし、面倒事が増えそうなので思考をシャットアウト。


「勘の悪い男だな! よく聞けッ。貴様は冒険者なのだろう? この我をパーティーに加えろと頼んだのだ!」


 姫騎士が顔を真っ赤にして、ポニーテールを振り乱す。

 きっと、プライドが高いのだろう。歯を食いしばり、拳を強く握り締めていた。自分を打ち負かした(打ち負かしていない)相手に頭を垂れたとしても、更なる高みへ――


「だが、断るッ」

「なぜだ!? 我の覚悟を返せ!」


 姫騎士、ツッコミを強いられる。


「知らない男に付いてくなんて危ないだろ。お母さんが心配するぞ」


 そして、正論である。


「それは、まともな奴のセリフだ! 正論なのに、貴様が嘯けば説得力がないッ」


 それも、正論である。

 姫騎士のツッコミに磨きがかかっていく。

 尊大なキャラだと思ったが、将来苦労人になりそうだ。


「ちょっと、タカシ。遅いから迎えに来たけど、どういう状況?」


 エルノートが尖った耳をピクピク動かし、町の中央までやって来た。


「知らない人に絡まれて、困った状況」

「知らない人?」


 エルノートが怪訝そうに姫騎士の様子を窺った。


「む。連れがいたか」


 姫騎士は、エルノートの視線を感じ取り。


「我は、聖剣騎士団の第四席を汚す者。名は、ナイトレイ」


 おたくの騎士団、安直なネーミングじゃないですかね?

 つまり、聖剣所持者サークルですね、分かります。


「強そうな騎士団ね。ナイトレイさん、うちのタカシに何か用? 結構おかしい子だから、あまりちょっかい出さない方がいいよ」

「そうはいかない。我はそやつに、聖剣使いの矜持をへし折られたのでな」

「タカシ、またインチキしたの? 早く謝っちゃいなよ」


 インチキはしてない。否、チートはインチキか。


「俺は悪くねぇ! Fランクの冒険者相手にムキになる騎士が悪いんだ!」

「まだ、妄言を繰り返すか。Fランクごときが聖剣の一撃を防げるわけがない」


 ナイトレイ氏の憤慨を見て、エルノートは思い当たる節がある様で。


「あー、はいはい。あなたもその口かー。ナイトレイさん、詳しい話はワタシが聞くよ。それで、まず要望を教えて」

「……ホウ。そなたは話が通じそうだな」


 まるで、俺が話を聞いていない感じやめろ。


「我は、こやつの強さの秘密を所望する。無論、神髄をタダで教えろとは言わん。パーティーに加わり、無報酬で旅路を助太刀しよう。貢献した暁には、聖剣使い最強の頂へ上る踏み台となれ」


 要するに、最強の聖剣使いになりたいから修行相手になれ、と。


「いいわ。問題ない。よろしく、ナイトレイさん」

「オオ! エルノート殿は聡明で助かるぞ。暫し、世話になる」


 うんうん、交渉成立っ。二人は固い握手を交わして、一件落着じゃなぁ~い。


「って、ちょ待てよ!? 勝手に判断するんじゃね!」

「いいでしょ、別に。タカシ、特に目的がないからワタシに方針は任せるって、この前言ったじゃない」

「それは、うーん……」


 思い込みが強いナイトレイ氏をチラリズム。


「よろしく頼むぞ。好敵手、我が聖剣の錆びとなれ」


 Fランクの冒険者パーティーに、美人の女騎士は欠かせないか。

 主人公補正からは逃げられない。

 俺は、やれやれと肩をすくめた。

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