第27話 エルフ

 俺はFランクの冒険者。誰も期待しない存在。

 大それたことはせず、細々と生きよう。魔王退治は、真の勇者に任せた。

 この世界の魔法は古代人の英知の結晶、という設定。魔術書を紐解き、理解し、詠唱することで現象を引き出すらしい。なぜ? 難しいことは分らん。


 しかし、案の定というべきか、魔法にはランク付けがされている。ゲームっぽいね。

 封印指定、禁断、始祖。とりわけ、上から三つがヤバいらしい。この領域に達する存在が世界に与える影響力は計り知れず、神にも悪魔にも匹敵した力をどうたらー。


 いや、そんなことはどうでもいい。言いたくないが、一つ伝えることがある。

 お前ら(どちら様?)は呆れるかもしれないが、俺は勇気をもって告白しよう。

 封印指定、禁断、始祖を冠する魔術書――全部、日本語で書かれてた件。

 俺、全部読める。つまり、最強。


 ……は?

 古本屋で埃を被っていた魔術書に手を伸ばすと、くだんの魔法を紐解いてしまった。


おそらく、この世界の住人には全く読めず、価値なしとワゴンセール行きのボロボロな紙が俺を最強へ導いた。


 ――ワープ!

 俺は、隣町へ瞬間移動した。


 ――サンダーボルト!

 まさに、青天のへきれきだった。


 ――ガイア・クロス!

 地殻変動を引き起こし、標高の低い山が隆起する。でっかくなっちゃった。


 ……は?

 三つ目の魔法は、およそ人が振るう魔法じゃないだろう。こんなん、チートや!

 俺、また何かやっちゃいました?

 誰かに魔法を目撃された時の練習をしたものの、シンプルにムカつく奴だった。


「絶対バランスブレイカーだし、Fランクは出しゃばらない」


 任意で時間を操ったり、魔法を暴発させたり、現代兵器で無双できる気がしたが、きっと杞憂に違いない。俺、Fランクの冒険者ですから。

 さて、最強にも倒せない敵は存在した。


 退屈、である。

 目的がなく、暇を弄ぶ現状の俺はどうしたものか困惑するばかり。

 ワープで異世界横断ツアーを企てたが、流石に訪問したことがある場所にしか飛べなかった。冒険者ギルドに、現れては消えていく。あのオッサン、ビビってた。


 仕方がない。例のなろう作品を参考に、異世界ソロキャンパーとしゃれ込むか。

大丈夫、道具は魔法で製作しよう。火、水、寝床、魔法でチャチャッと準備しよう。

 キャンプの醍醐味を否定する行為だが、流行ってるからキャンプする連中と大差ないだろ。あいつら、どうせゴミを片付けないぜ(偏見)。


 スライムと魔法なしのガチンコ勝負を経て、川辺に移った。

 透き通った水源に目を凝らし、小河のせせらぎに耳を澄ませば。


「きゃぁぁあああっっ」

「っ!」


 下流から悲鳴が聞こえた。

 揉め事は勘弁願いたいけれど、Fランクの冒険者は興味本位で首を突っ込もうと足を急かした。主人公補正がなければ、俺の冒険はここで終わっただろう。

 果たして、石斧を握ったモンスターが転倒した女子を取り囲んでいる。


「大丈夫か!」

「ブヒィッ」


 ブタ面の二足歩行モンスター。いわゆるオークが代わりに返事をした。

 オメーじゃない、とツッコミする寸前。


「来ちゃ、ダメ! 逃げて!」


 頭巾を目深に被った女子が懸命に叫ぶ。足を挫いたのか、膝が赤く染まっていた。


「ブヒブヒ!」

「ブッヒ!」


 あいつの仲間か。構わねえやっちまえ、そんなニュアンス。

 どの魔法の作用か分からないが、モンスターの会話を聞き取れた。


「ブヒィィイイイ!」


 そいつも逃がすなよ。


「ブッヒー」


 任された。


「ブヒー、ブヒヒン?」


 援軍のわりに弱そうだ。


「デュフ! フヒヒ、サーセン」


 ↑これは俺のキモオタ語。

 ブタ面VS萌えブタ。


「ブヒー!」


 かかれー。

 戦いの幕が切って落とされた。

 いざ、尋常に――


「サンダーボルト!」


 瞬く間に、雷光一閃。

 稲妻がオークたちの頭上に降り注ぐ。

 詠唱? 面倒くさいので、却下。


「「「――っ」」」


 轟音が鳴り響くと、放電をまき散らした。

 その威力に視界を遮られたが、まぶたを開けると勝負は決着していた。

 かつてオークが立っていた足場に、黒い跡がこびり付いている。


 スライムを倒した時とは違う、確実に生命を殺めた感触。しかし、俺はごく当たり前のことだと受け止めていた。異世界の死生観に順応、いや囚われてしまったのか。


 ほんと、適正が高いんだな。

 自嘲的な笑みを漏らして、魔法の衝撃で吹き飛ばされた頭巾の子に駆け寄っていく。


「おーい、大丈夫か?」

「ん……うん」


 頭巾女子は、草むらで伸びていた。一応、無事みたいだ。


「助けてくれて、ありがとう。ちょっと、オーバーキルが過ぎるけど」

「確かに」


 サンダーボルトが直撃した付近の川幅が広がり、水の流れ先が増えていた。

 まあ、俺はFランクだからね。魔法の威力を調整できるほど、優秀じゃないのさ。


「と、ところで! 君は一体、どうして襲われていたんだ?」

「えっと……オークの住処に忍び込んで食料を少しばかりつまみ食いしたの」

「ん?」

「で、見つかっちゃった」


 そして、テヘペロである。

 おや。おやおや。おやおやおや。

 頭巾ガール、オークの住処の食料を盗み食い。

 オーク、食い逃げを追いかける。


 俺、食い逃げ犯に助太刀致す。オークを処す。

 ……ひょっとして俺、しでかしちゃいました?

 でも、Fランクだからっ。Fランクがオークを瞬殺できるわけないから!

 Fランクでも誤魔化せない失態に目を背けると、フッと風が吹いた。


「あっ」


 深めに被った頭巾が外れ、女子の素顔が露わになる。

 まとめていた金髪のロングヘアーがなびいた。丸い童顔に青い瞳、そして何より目立つのは鋭角に尖がった耳。

 それはファンタジーお馴染みの存在。


「エルフ!?」

「なによ。別に珍しくないでしょ」

「いや、初めて見た」


 少なくとも、日本では見かけない。


「ふーん。そうなんだ」


 マジマジと見つめる俺の視線を感じ、エルフはお耳をピクピク動かした。


「君、強いね。これは使えるかも」

「いや、俺Fランクだから。落ちこぼれ冒険者だから」


 嫌な予感がした。

 美少女エルフは名残惜しいが、俺は撤退のワープを発動した。

 詠唱破棄。だって、呪文を紡ぐとか面倒だろうに。

 魔法陣の光に身体が飲み込まれる刹那、ムニュッとした柔らかい感触に包まれた。


「ちょ、ただ乗りするな。離れて、離れて!」


 ギルドを構えた町に再び出戻りすれば、俺はエルフを引き剥がす。

 断じて、童貞には刺激が強いと日和ったわけにあらず。断じて!

 エルフは、青い瞳を大きく瞬かせ。


「テレポートをスペルキャンセル!? あなた、何者……?」


 正しくはワープです。けれど、ワープとテレポートの違いが分からない。


「意気揚々とギルドに赴いて、Fランクの烙印を押された者だ。じゃ、そういうことで」


 有無を言わさず、町の入り口へ向かった。

 テクテク。

 テクテク。

 背後から同じような足音が聞こえる。


「いや、すいません。付いて来ないでもらえませんかね?」

「え~。でも、あなた。面白そうだし」

「自分、つまらない人間だし」


 スタスタスタと、早歩き。

 スタスタスタと、追跡者。


「ちょ、待てよ! 笑顔でストーキングやめて」

「これも何かの縁ってことで。さっき、ピンチを助けてくれたでしょ。ワタシ、恩返しするまで付いて行こうかなって」

「そういうの、全然大丈夫。俺、恩の押し売りしないから」


 全然大丈夫は文法的に全然大丈夫じゃないらしいが、それでも全然大丈夫である。

 俺は、駆け出した。

 本気で嫌なら逃げ切れるまでワープすればいいのにさ。


「ワタシ、エルノート。よろしく!」

「あ、大原隆です。享年17です」


 この自己紹介、もしかしておかしくない?

 不意に、普遍の真理を掴みかけるや。


「エンドータカシ? アハハ、そんなおかしな名前の人間いるんだ」

「はぁー? おかしくないから! しごく一般的な名前だぞ」

「へー。ねぇ、タカシ。ワタシ、お腹空いてるんだけど!」


 ダメだ、こいつ……たかる気、満々だ。

 しかし、異世界人もとい現地住民と友好を図るべきか。俺、この世界よく分らんし。


 一応、美少女エルフとお近づきになりまして。

 やっぱ、俺には主人公補正が働いているんだな。

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