第22話 卒アル

 杜若さんが俺の部屋にやって来た。

 例の特訓をしました。

 すなわち、美人女子校生が俺の部屋で嬌声を何度も上げたということ。


 ふーん、エッチじゃん?

 いや待て。俺は別に、やらしい気持ちとかねーから!

 これはひとえに、彼女の悩みを解決するために仕方がなく……


「大原くん」

「ふぁ!? ご、誤解だ! 俺はただ、声質の良さに聞き惚れただけなんだ。声優に興味ないかい? 絶対なれるよ!」


 言い訳、乙。

 声質の良さが判断できるなら、俺は音響監督になれるだろう。


「あ、ありがとうございますっ。でも、私……声優はちょっと。自分の声、弱々しくて嫌いです。人前でお芝居とか自己表現なんて、想像できません」


 杜若さんは恥ずかしそうに俯いた。


「そういうところが才能ありって感じ」


 昔、アイドル声優のラジオを聞いた話だが、みなさま口を揃えて「えぇ~、わたしぃ~自分の声がコンプレックスなんですぅ~。高校生の頃はぁ~、友達いなくてぇ~、いつも一人でしたぁ~」などと仰りやがっていた。


 所詮常套句かもしれないが、自己主張が苦手なのに承認欲求は旺盛ですね。

 未来のアイドル声優・杜若さんが、改めて部屋をキョロリズム。

 さりとて、俺は慌てず騒がず静観の構え。


 普段ベッドの下に置かれたアレコレは、本棚の隠しスペースに収納済みさ。

 JK訪問という億が一に備え、作って安泰隠しスペース! ちなみに、親愛なる母上は、俺の部屋を掃除するという発想が皆無なお方ゆえモーマンタイ。


「あの、大原くん。あれ、見ていいですか?」


 杜若さんが本棚を指差した。


「な――っ!? そこには、何もないよっ。アレなんて、隠してないぞ」

「え……? あれ、ですよ? 隠してないです。ちゃんとありますよね」

「……何、だと……?」


 俺は、戦慄した。

 杜若氏。恐るべき、その洞察なりや。

 まかさ、俺の秘密コレクションの在処を暴き立てるとは。

 名探偵は躊躇せず、犯人が隠した凶器(エロチズム)を白日の下へ晒そうと――


「俺は推理小説の容疑者じゃねぇっ! たとえ証拠を出されても、みっともなく足掻いてやるぜ! 動機語りなんてしてやらないからなっ」


 動機、エッチなことに興味がありました。

 今回の犯行は、怨恨でも金目的でもなく、性欲でした。以上。

 俺の抵抗むなしく、杜若さんが目的のブツへ手を伸ばした。


「……卒業アルバム。見ていいですか?」

「ん? 卒業アルバム?」

「これ――大越小学校の。私、5年生の時に引っ越しました」


 杜若さんがこくりと頷いた。

 彼女の求めていたのは、アルバム? エロ本バレしてないの?

 刹那、俺は全てを悟った。


「オッケー、オッケー! 余すところなく、覗きたまえ。旧友の懐かしき姿、刮目せよ」

「……(こくこく)」


 杜若さんは俺の了承を経て、自分が去った過去の居場所を振り返った。

 懐かしそうに、ページをめくる。瞳がパチパチ瞬く。時折、笑みがこぼれた。

ひょっとして、在りし日の思い出の回想シーンに突入したかもしれない。


「大原くんは覚えてないと思いますが……」


 杜若さんは顔を上げるも、目が合った途端逸らしてしまう。


「当時から引っ込み思案で、私はほとんど一人で過ごしていました。たまに話しかけられても、面白くない奴と判断され、よく遠巻きに眺められていました」


 真相は。

 全員、美少女にお近づきを企てたものの、人見知りの眼力に気圧されただけですぞ。


「そんな時、私にちょっかいを出してきた男の子がいました。それが……大原くんです」

「ほう。そんな明るくてハツラツとした少年がいたのか」

「はい。彼は、教室の端でひとりぼっちな子を気にかけてくれました。クラスの輪から浮いていた彼女を笑わせようと、いつもふざけて先生に怒られていました」


 なるほど、大原隆少年は杜若皐月少女のためピエロを演じていたのか。

 やっぱ、すげーな。イイヤツダナー。


「ちっとも笑えなかったのですが、反応が薄い私の相手を諦めませんでした。嬉しかった気持ちは今も残っています」

「そ、そうかい。あのノーリアクションは単につまらなかったと……」


 やっぱ、つれーな。カナシイカナー。

 隆です。当時、自分をオモローな奴だと思っていました。クラスの爆笑をかっさらったのは、一度や二度じゃありません。失笑は、10や20じゃ足りないとです。


「大原くんは、また手を差し伸べてくれました。今度こそ勇気を出して、親切に応えますね」


 杜若さんが、瞳に決意を宿していた。

 その分、俺の眼は曇るばかり。


 ……残念ながら、親切じゃないよ。ヒロイン属性の高さが採用理由である。

 大原少年と異なり、大原青年は純粋な想いを何処かに置き忘れてしまった。


 確かに、子供の頃は違いの分かる人間になりたかったぜ。

 変わっちまったな、俺。

 閑話休題。


 全く関係ない中学の卒アルを見始めた、杜若さん。

 何が楽しいのか、テーブルに置いたティーセットに気付かぬほどで。

 俺が、お茶に手をつけようとした頃合い。


「中学生の頃は――」


 杜若さんの肘が、どしっとテーブルにぶつかった。

 コップがくるくる小回り。バランスを崩したそれはお茶を跳ね上げ、俺の手にかかった。


「あちゃいっ!?」


 ※熱いお茶の略語。

 悲劇は続く。自爆特攻と言わんばかりに、コップが目指した落下先は俺の下半身。

 ドバーッと、ジーパンの中心付近へお茶がこぼれる。


「……」


 あらやだ、粗相なんていやね~。


「……っ! ご、ごめんなさいっ」


 杜若さんが慌てふためき、ハンカチで濡れた部分を拭こうとする。


「ちょ、ま! もちつけ。いや、落ち着けっ」


 いかんせん、そこはデリケート――否、あそこはデンジャースポットだった。

 時すでに遅し。先方の善意が俺にイケナイ刺激を与えた。


「あんっ!」


 別に、感じてないのよ? 男の喘ぎ声はお呼びじゃない。


「すごく、濡れちゃってます。私が責任取らないとっ」


 杜若さんが真面目な顔で、隆のタカシと何度も接触した。そこは敏感ですよ!


「ら、らめぇ~~~~~!? こんなの、ダメぇぇぇえええエエエエ――っっ!」


 俺は両手で顔を覆い、部屋から飛び出した。まるで、濡れ場を目撃したウブの如く。


「大原くんっ、どこに行くんですか」


 客人を置き去りに、俺は洗面所へ駆け込んだ。

 ジーパンと下着を脱ぎ、洗濯機へヒャッハーとダンク。勢いに乗じて、ジャンプ中に新しいパンツに履き替えた。


「……ふぅ。あぁ、快☆感。スッキリしたぜ」

「セリフだけ聞くと、ヘンタイそのものね。ヘンタイは顔だけにしてちょうだい」

「ふ、フレイヤ! いつからそこに?」


 振り返ると、フレイヤが眉をひそめていた。


「隆が下半身露出させて絶頂したタイミング」

「フレイヤのエッチ! 着替えを覗くなんて、サイテー」

「ヒャッハーするなら、ドアを閉めなさい。女神にチンチクリンを見せないで」


 普通に叱られた。ごめん。


「でも、ちゃんとラブコメやってるみたいで感心したわ。わたし、台湾カステラ食べに行く約束があるのよ。そこ、どいてくれるかしら」

「あ、はい。どうぞ」


 洗面所を譲り、俺は廊下で佇んでいた。

 ……何これ?


 ふと我に返った。いろいろ面映ゆい。さっきのお茶くらい、暑くなった。

 洗いたてのパンツだけが、俺に清涼を与えてくれるのであった。

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