第21話 前進
駅中のマスバーガーを横切ると、杜若さんと藤原を見かけた。
俺とフレイヤは近くの席を取り、聞き耳を立てた。
「――そうだったんだ。あたし、杜若さんはてっきり他人に興味がない人だと思ってた」
「……(ふんふん)」
シェイクをちゅーちゅー吸う藤原に、杜若さんはノートで筆談していた。
柳眉を逆立て口を真一文字に結んでいたがおそらく、杜若さんは緊張している。
流石、やからとして定評がある藤原。先方の鋭い眼光に物怖じした様子がない。
「ただの人見知り? すぐ緊張して顔が怖くなる? それ、ウケるし」
藤原、クスクスと笑う。
「……っ!」
「あー、ごめんね。なんか、イメージと真逆だったからつい……杜若さん、氷の女王って評判じゃない? いつも、愚かな庶民を冷笑してるって感じ?」
「……(ふんふん)」
俗世の有象無象が蠢く様子を俯瞰してる感じな。分かるってばよ。
でも、本当はただの恥ずかしがり屋さんなの。だって、女の子だもん。
うんうんと、俺がつい女性目線に共感していると。
「じゃあ、大原に弱みを握られてセクハラされてたわけじゃないのね」
「……(こくこく)」
「羞恥心を克服する特訓? ふーん、それは邪魔して悪かったわ」
どうやら、杜若さんが俺の清廉潔白を訴えているようだ。
おたく、ヒロインの鑑や! めっちゃ素敵やん。
せや、ワイは杜若はんの悩みを克服するため心を鬼にしただけや!
断じて、下心で臨んでおらへんのや!
似非関西弁が出る程度に、興奮したさかい。ほな!
「でも、あいつは不純な動機であなたに近づいたに決まってる。いつも気持ち悪い顔で女子の胸とか太もも眺めてるし。気持ち悪い顔だし」
藤原。二度言うの、やめろ。
「隆が邪な顔なのは元々だし、気にする必要ないわ。邪な顔はデフォよ」
フレイヤ。二度言うの、やめろ。
前後に敵しかいなかった。
俺を悪者に仕立て上げたところで、世界は平和にならないぞ?
とりあえず、自宅に帰ったらさわやか相談室に電話しようと思いました。
「杜若さん、大原にセクハラされたらすぐ言って。あたしがとっちめる」
おいおい、藤原くん。話を聞いていなかったのかね?
俺は誠実だよ、冗談は暴力性だけにしてくれたまえチミィ。
「……(こくこく)」
杜若さんがギラリと目力を光らせた。
「そ。じゃあ困ってるなら、あたしも話聞くから。連絡先、交換しよ」
「……っ!」
杜若さんが慌ててバッグからスマホを取り出した。別に、連絡先は逃げないぞ。
友達が一人、追加された。解脱の域に達しそうなほど、ヒロインは放心状態。
「え、ラインの交換方法が分からない? ちょっと、貸して。あたしがやる」
この前、俺も同じやり取りしたなあ。懐かしいぜ。
よし。世話焼き上手な藤原さんにここは預けよう。
俺はくるりと踵を返すや、マスバーガーを退店した。
「隆のセクハラ事案から、ヒロインの友達作りが進行したじゃない。ここまでは狙い通りかしら?」
「共通の敵? が、いるからな。助走はつけた。あとは、本人が必死に足を動かしてくれ」
「このまま藤原渚の助力でヒロインの問題が解決したら、今度はあなたがピンチだけどね」
俺は、ラブコメ主人公の実績を積まなければならない。ゆえに、ヒロインのお悩みを解決するのである。
「……」
フレイヤがひそひそ耳打ちする。いと、こそばゆし。
「誰が見ても、主人公の手柄だと主張できる形にしなさい。わたしも、そう望んでるわ」
「善処する。ほんと、手柄だけ頂いちゃいたいもんさ」
杜若皐月は私が育てた!
私ですっ、人見知り解消は全部私のおかげじゃなぁ~い。
人の褌で相撲を取る。そんな厚顔無恥な人間でありたい。
やっぱ、主人公って辛ぇーわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます