第19話 ノルマ
6時間目の体育はバスケ。
あっという間に終わり、なんやかんや俺と杜若さんがボールの片付けをすることになった。カゴにボールを放り込んで、体育館倉庫に足を踏み入れた刹那。
ガチャンッ!
重厚な防火扉が閉まった。
「……っ!」
暗がりに閉じ込められ、杜若さんがオロオロ慌てる。
俺は、ちょっと展開早いんちゃう? と呟いた。
フレイヤの宣告通り、ラブコメ名物・体育館倉庫に閉じ込められるシーンである。
ラブコメ主人公ならば、避けて通れぬイベントらしい。
「どどどどどうしましょうっ」
「うーん、困った」
言葉とは裏腹に、やらなければならないことは決まってる。いわゆるノルマ。
ラブコメ主人公は偶然を装い、ヒロインを押し倒す。
さすれば、封印の扉開かれんっ!
なお、おっぱいを触ったり、チューしちゃうくらいの接近がラブコメポイント高し。
まとめ。
杜若さんを押し倒し、胸を触るか、キスを迫ると、扉が開く。そんな仕組みだ。
ただし、ヒロイン側に事前通告してはいけない。ラブコメが成立しないゆえ。
考える人ばりに考えた、俺。
どうやって女子を押し倒せばいいのやら。プレイボーイならば、一言二言紡いでギシギシアンアンとDT界隈で専らの噂だ。
先日読んだマンガでは、主人公がすっ転びに乗じてヒロインを押し倒していた。ズッコケ技とでも表現しようか。情けない格好だったが、アレはプロの領域である。ラブコメ素人がおいそれと模倣したところで、わざとらしさこの上ない。
昨今、やらせはすぐに炎上してしまう。コンプライアンス的にも、意図的な演出で偶然を装う場合、最大限の配慮が必要と言わざるを得ない。
俺は目を凝らし、倉庫の状況を確認した。跳び箱を端に寄せ、鉄棒をお片付け。
「何を、しているんですか?」
「整頓」
「はぁ……?」
杜若さんが首を傾げた。
まさか、自然に躓く練習をするためとは思うまい。
「ちょっと、いろいろ準備があるからあっちの方で大人しくしてて。あと、覗いちゃダメだから。絶対、覗いちゃダメだからっ」
機織りはしないけど、無駄骨を折りますゆえ。
「……(こくり)」
杜若さんは、まるでかくれんぼに夢中な小学生のごとく倉庫の隅で蹲った。
俺は、そそくさと行動に移った。
イメージするは、石に蹴躓いた間抜けな自分。
ほい。おっとっと。こりゃウッカリ。あうちっ。とりゃあ。ぬわっと!
主人公補正が低い俺は、精一杯足を滑らせる他なかった。
一流のラブコメ主人公は、あらゆる地べたの摩擦力を調整できるらしい。普段、連中は己をどこにでもいるようなごくごく普通の高校生とのたまっている。否、普通の高校生は動摩擦係数なんて操れない。つまり、あいつらは嘘つきである。知ってた。
――地べたと和解せよ、摩擦と和解せよ。
ズッコケ技に磨きをかけたところで、俺は本番に挑むことにした。
だが、待て。
常識的に考えて、押し倒される側がケガをしてしまうリスクはないだろうか?
常識的に考えて、コンクリ床に後頭部をぶつけたら危ないだろ。
俺は流麗なズッコケを習得したものの、先方は押し倒される側の素人だ。
一流のラブコメ主人公ならば、床の硬さを自在に調整でき――
ちょ、待てよ!
ラブコメ主人公の必須技能、多すぎやろ!? ただの異能力者やないか!
憤慨がてら、俺は黙々とマットを敷いた。シチュエーションが体育館倉庫で助かった。
……フレイヤ、俺にラブコメ主人公は荷が重いってばよ。
「あの。大原くん」
「ん?」
ナイーブな気持ちにうつつを抜かせば、杜若さんがギロリと視線を向けた。
「ありがとうございます。特訓のおかげで、少し話せるようになって、良かったです」
「俺も女子と喋れて、ウィンウィンだよ。まぁ、問題は全然解決できてないけど」
「私も大原くんのお手伝いがしたいです。何でも、言ってください」
「ん? 何でも?」
今、何でもって言ったよね? グヘヘ。
下卑た邪念が顔に出る寸前、杜若さんに手を握られた。指が細くて小さな手は、俺の手にすっぽり収まってしまった。
「少し、暗くて怖いです。大原くんがいなかったら、震えていました」
「そ、そそそ、そうかいっ。死ぬわけじゃあるまいし、落ち着きたまえよ!」
落ち着け、俺。美人に手を握られてキョドるとか、まるで童貞だな。童貞でした。
「様子がおかしいです。体調不良ですか?」
「そんなことないって! 元気100倍アンポンタンだって!」
照れ隠しにたじろぐと、俺はマットの厚みに踵が引っかかった。
「――あっ」
天然由来のズッコケを披露し、足を取られてしまう。
「きゃっ」
もちろん、偶然たまたま手を繋いでいたため、杜若さんは巻き添えを食う羽目に。
ドスン、と。
マットに無事落下した二人は果たして、押し倒したような構図を作った。
主人公とヒロインの位置が逆な気がするものの、俺は後頭部をぶつけて痛いけれど、シチュエーションが成立すればオールオッケー。
その証拠に、ラブコメ主人公の邪悪な左手がヒロインの胸部に迫っていた。
むにゅん。
「……あ……んんっ……くふぅぅ……ふぁぁああっっ!」
奇しくも、散々練習した嬌声が役に立つ瞬間だった。
杜若さんが、恨めしそうな顔で俺を見下ろしていた。
こりゃ、制裁ビンタだな。俺、知ってるよ。こういうの詳しいんだ。
覚悟を決めて、勢いよくぶっ飛ばされるオチへ向かったちょうどその時。
ガラガラガラ。
重い防火扉がゆっくりと開いた。
「あんた、何してるわけ?」
刹那のアイコンタクト。
言葉とは裏腹に、藤原は全てを悟った。
「こ、これは! ち、違うんだぁ~っ」
などと、か弱い女生徒を密室に閉じ込めた不埒者が供述している。
「ふん!」
「あべし!?」
そして、腹パンである。
俺、予想外の相手に吹っ飛ばされる。
「死になさい、女の敵」
「ご、誤解だぁ~」
「ヘンタイはみんな、同じことを言う」
マットに沈んだ女の敵へ、藤原がトドメの踏みつけ。
チーン。
「ふひぃぃいいい! そこは、らめぇぇええ~~~っっ!?」
我々の業界ではご褒美にあらず。
文字通り、死体蹴りであった。
「あ、あの! こ、こここ、これは……っ!」
「行こう、杜若さん。やっぱりこのヘンタイ、執拗に狙ってたんだ」
「いいいいいえ! そ、そそそ、そんなことっ」
「大丈夫。あたし、あなたの味方だから」
そう言って、藤原は杜若さんを見事ヘンタイの魔の手から救い出した。
「は、ははははは話を! ああああ、あのっ。違っ……これはっ」
杜若さんの弁解が遠のいていく。
「……良いパンチ……持って、やがる……ぜ……」
暗がりの倉庫に一人取り残されたヘンタイは、一抹の寂しさを覚えるのであった。
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