第16話 声のレッスン
あれからどれだけの時が流れただろう。
悠久の時が流れ、万物は流転する。
俺の中のヘラクレイトスおじさんが哲学語っちゃうくらいに、沈黙が流れた。ところで、俺の中のヘラクレイトスって何ぞや? 俺のルーツはギリシャだった?
「……」
杜若さんの様子を窺うと、顔を真っ赤に例の本を読んでいた。時々顔を上げ、セリフを読むかと思えば、
「お、おおお、大きく、て! すすすごく硬い、ものがっ! ななななな中に――っ!」
プシューッと脳内処理が追い付かず、杜若さんはオーバーヒートした。
「頑張れ! もっと大きな声でハッキリと!」
俺がげきを飛ばすと、訓練生は目を回しながら。
「あぁ……あん……んふっ……んぐ……くふぅっ!」
喘ぎ声のセリフは、杜若さんのたどたどしい読み方と相まって生々しさを感じた。
お姉ちゃんが弟の履歴書をアイドル事務所に送る感覚で、音声をエロゲ会社に送った方がいいかしら?
「気持ちいいとこ、当たって……ダメ……あん……あんっ……来ちゃうぅぅ……来ちゃうぅぅうう……っ!」
「何が来ちゃうんだ? ちゃんと口で言ってくれないと分からないよ」
確か、主人公はそんな攻めプレイをしていた。
「い、いいい、いっぱい入って……きてっ……くちゅくちゅって……かき混ぜちゃ……もう限界、だから……っ!」
「何が欲しいか言ってごらん。ちゃんとおねだりできないと、お預けだよ」
ぼくもおねだりしてもらいたいと思いました。将来の夢は、エロゲ主人公。
「……っ!? あ、あああ、あなたのっ! お、おおおおおちん――」
そして、杜若さんは思考停止した。
おでこを机に思いきりぶつけ、動かなくなる。
ビクンッと痙攣するや、ある意味事後であった。
「ふぅ。お疲れ。だいぶセリフが繋がるようになった。こんだけ恥ずかしい思いをしたんだから、友達になってくださいはもう言えるんじゃない?」
パチパチと拍手した。
杜若さんがむくりと起き上がった。獲物を狙う猟師のごとき眼光を添えて。
「と、ととと、ととととと、ととととととと、もっっ」
猫に追い詰められた窮鼠のように、俺がつい怯んだところ。
――こちらの方が緊張して、言葉が出てきません。
「マジ?」
――マジ、です。
「そっかー。そうそう上手くいかないか」
――すいません。
「いや、大丈夫。想定内さ」
俺は、うーんと唸った。
「まだこの練習に使い道はある。ラブコメ展開を利用すれば、多分オチが付く」
――どういうことですか? やっぱり、エッチなセリフをスラスラ言えるくらいにならないと、友達のお誘いは難しいです……
普通は逆だろとツッコミを入れつつ、俺はハプニングの算段をしていた。
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