第15話 セクハラじゃないのよ?

 全く無駄な一日が過ぎた。

 元々、無理なスケジュールゆえ今更焦らない。


「っべー。やっべ、マジやっべーっ。あと、四日!? うせやろ!?」


 焦燥この上なく、ジタバタ日和。

 放課後。

 俺は、杜若さんとアポイントメントを取りつけて残ってもらった。


「……っ!」


 杜若さんの睨みつける! 効果は抜群だ! 大原の目の前が真っ暗になった!

 ――ではなくて。

 対面ではギョッとしちゃうので、俺は対角線の机に座り視線をひらりと避けた。

 こちらからチラリズムする分には問題ない。ちらちらっ。


 杜若さんは姿勢正しく両手を合わせていた。が、メトロノーム並みに首を揺らしている。

 うだるような残暑。人気のない教室。若い男女が二人。何も起きぬはずがなく……


「杜若さんの友達作ろう大作戦なんだけど。ちょっと考えてみた結果、コミュニケーション能力の特訓をしよう!」

「……(こくこく)」


 変なイベントが開催された。


「第一に。みんな、杜若さんは群れを嫌う孤高の王者だと思っています」

「……(ぶんぶん)」


 杜若さん、首を横に振る。


「誤解を解くのは難しい。一度広まったイメージの払しょくはなおのこと。人の噂も七十五日って言うけど、総意で固まったキャラを崩すのは何倍もかかるはずだ」

「……(がくり)」


 杜若さん、真っ白に燃え尽きる。

 コミュ障と知った後では、十分リアクション豊かに映った。


「てな感じで、地道に地力を鍛えていこう。それとも、視聴覚室から校内放送でチャチャッとアナウンスする? 真偽質問が殺到するかもしれない」

「……(ぶんぶん)」


 すこぶる顔色が悪くなったので、個別指導の運びへ。

 レッスン1。


「これが、杜若さんのコミュ力を劇的に変貌させる教材だッ」


 俺は、バッグに忍ばせていたブツを取り出した。生徒の元へスライドパス。


「……っ!」


 杜若さんは驚愕し、目を大きく見開くや、プルプル震え、やがて固まった。

 俺が渡したのは、ヤングアダルトなノベル『Hボイスであえぐ声優が彼女になりまして』。


 もちろん、表紙は杜若さんが好みそうな笑顔が眩しい美少女(スカートの中にマイクに似た何かを突っ込んでいる)。


「いや、セクハラじゃないから! 恥ずかしいセリフを練習することで度胸を付ける魂胆だから! 断じて、全然、ちっとも、全く以って、杜若さんのHボイスを愉しむ趣向じゃないから! あと、この本俺のじゃねーから! 友達のだから!」


 などと、容疑者は供述しており。

 いやさ、発案者はフレイヤだ。

 ヒロインを恥ずかしがらせ、主人公がそれを見届ける。まるで、ラブコメだな。

 杜若さんは返事がない。ただの屍かもしれない。


「やっぱ、止めときますか。ハハ、俺も他のやり方が良いと思ってたし、そうしよう!」


 俺が例の本を回収しようとすると、ピンポーンとスマホの着信音が鳴った。

 ――正直、セクハラだと思いました。大原くん、ニヤニヤしてますし。


「生まれつきだよ! 他意はないのよ?」

「……っ!」


 ――えっちな本です。苦手です。他の方法があるなら、もう少し簡単な、

 杜若さんは、人差し指でたどたどしく文字を打ち込んでいく。

 ――でも、やります。決めました。


「え、やるん!? 変更可能だけど? 大人の本が嫌なら、児童書でもいいけど?」


 ――せっかく、友達が選んでくれましたから。初めておススメされた本を読まないわけにはいきません。とても恥ずかしいですが、音読もします。


「……っ!」


 ↑これ、俺の沈黙。

 杜若さんは、友人の善意を信じてやると決めた。

 健気なヒロインの姿に、図らずも俺は感動してしまう。


 おい、誰だ! 彼女にエロラノベを読ませようとする輩はッ! 許さんぞ!

 教室を見渡すや、たった一つの真実へたどり着く。

 ……犯人、俺ですわ。これも全部、フレイヤってやつが――以下略。


「じ、じゃあっ! 一回、付箋を貼ったところを黙読してもらえるかね!?」

「……(こくこく)」


 こうして、『Hボイスであえぐ声優が彼女になりまして』の公開稽古が始まった。

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