第10話 そのキャラは

 放課後の観察。

 杜若さんは、電車を待っているだけでも絵になる。今風に言えば、バエる。


 彼女が車内の窓際に佇むだけで、スマホに夢中な老若男女が一斉に顔を上げて視線を集中させた。ありがたや~、最早今生に悔いなし、などと拝む人もいて、そろそろ宗教法人を立ち上げるべきかもしれない。


 杜若さんは周囲の喧騒を聞き流し、颯爽とウォーキング。

 どこへ行くのだろう。慎重かつ大胆に追いかけろ。

 幼女とすれ違いざま、「ままぁ~、あの人すとぉ~かぁ~? だって、美人のお姉ちゃんをずっとやらしい目つきで見てるもんっ」と仰りやがった。


 失礼な! 断じてストーカーなどにあらず!

 でゅ、デュフ。拙者、クールビューティー・杜若氏の親衛隊ですぞ! フヒッ。

 ちょ、幼女! 写メやめろ。え、SNSに拡散!? 待て、話せばわ――以下略。

 偶然たまたま持っていたお兄さんの飴玉を握らせ、幼女と和解した。


 ……それは、お兄さんの飴玉だからね。大事にペロペロするんだよ。

 買収? 買春じゃないからセーフやろ。でも、事案だと思うわ。

 電車を乗り換え、行き着く先は果たしてショッピングモール。


「ていうか、地元じゃん」


 俺も何度も訪れたことがある地元のニオンだった。商業スペース日本一を謳う大型ニオンの入り口をくぐり、ターゲットの足取りを追跡していく。

 アパレル、カフェ、ヘアサロンに目もくれず、杜若さんはテナントを横切った。

 見慣れた場所ゆえ、俺は迷子になることなく一定の距離をキープする。


 杜若さんが足を延ばしたのは、TETSUYAの書店。

 現状、不審な点は特にない。

 否。


「なぜだ……?」


 俺は、思わず呟いた。そこに違和感が生じたから。

 平積みされた文庫の表紙は美少女のイラスト。

 いわゆるライトノベルコーナーで、杜若さんは立ち止まったのだ。


 うーん、先方はラノベを手に取って熱心に品定め? 親の仇を睨むような眼光に、周囲にいた少年たちは気圧され、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 ……つまるところ、杜若さんは実はオタクでした? そういうキャラなのか?


 フレイヤ曰く、彼女はヒロイン力が高い。ならば、属性を有していても不思議じゃない。

 俺が名探偵よろしく顎に手を当てていると、杜若さんはくるりと踵を返した。

 疑問が解消されぬまま、移動。


 お次は、ホビーショップ。

 ターゲット、美少女フィギュアをガン見。ケース越しのフィギュアたちが気まずそう。

 何なん? おたく、オタクなん?

 図らずも、絶対零度を1℃下げるダジャレを発見してしまった。

 うんうん、今年のノーベル化学賞、いただきっ。


 俺が小学生の頃熱狂したオモチャに目を奪われるや、またまた杜若さんは移動。

 今度はスーパー。

 お菓子コーナーにて。

 杜若さんは、女児に交ざってキュアプリの食玩を物色していた。


 心なしか、控えめな様子のターゲット。シニアファーストの精神だろうか。

 キュアプリに限れば、幼女先輩とは目上の古参である。

 女児と言葉を交わさず相互理解したようで、握手を交わした杜若さん。


「どういうこっちゃ?」


 とりあえず、その道のプロは奥深いなぁーと思いました。

 満足げな杜若さんはスーパーを出て、広場を通過していく。

 人気の少ない通路へ姿を消したので、俺は声をかけようと決心する。


 断じて、ここなら悲鳴を上げても助けは来ねぇぜグヘヘ案件にあらず。いやさ、一睨みでビクンッってしちゃうからね。窮鼠、猫に平伏するだっけ? ことわざは賢いなー。

 俺は、杜若さんの背中を捉えた。


「か、柿っ」


 別に、食欲の秋はお呼びじゃない。

 畏怖の存在に自ら迫る愚行を犯し、平たく言うと緊張して噛んじゃっちゃ。

 目が合った。

 ――っ! ヤラれるッ!


「……っ!」


 暴風のようなプレッシャーを全身に浴び、俺は二、三歩腰が引けた。

 剣呑と剣幕のつばぜり合い。刹那のせめぎ合い。

 されど、失うものはない。何もしなければ消滅あるのみ。ゆくぞっ。


「杜若さん! つかぬことをお聞きますが、二次元的なサムシング! びびび美少女が好きなんですかっ!? 実は、俺もめっちゃ好きなんですよっ!」


 必殺、共通の趣味!

 これを用いることで、共感性が生まれ、今まで距離があったあの子と急接近?

 普段趣味を隠しているほど、効果的。


 秘匿はいつも刺激的。秘密は恋のスパイス。

 昨日視たメロドラマ、『純潔乙女は官能作家』のセリフだ。これで勝つる!

 さぁ、いよいよ俺のラブコメが――


「……(ふんふん)」


 杜若さんは、大振りに首を横に振った。


「……何、だと……?」


 もしや、壮大に空振りした? はは、まかさっ。


「あの、美少女がお好きなのでは?」

「……(ふんふん)」


 杜若さんは、虫けらと視線を合わせたくないらしい。

 俺の存在ごと否定された気がする。被害妄想だったらいいなあ。


「……ハハハ……今世紀最大の勘違い、か……イグノーベル賞貰えちゃうぜ」


 滑稽だろ? 笑ってくれ。皆を笑顔にできて、俺は満足さ。

 隆です。

 美人女子校生をオタク扱いしたら、顔も見たくない態度を取られました。明日、教室に机があるか心配で夜しか寝れません。


「打ちのめされてしんどいから、帰ります。俺はもう、存在しない者として扱ってくれ」


 エビもかくやと言うほど背中を丸めて、トボトボ退散してく。

 フレイヤ。俺、ダメだったよ……今すぐ消えたい。

 座して待て。汝、消滅の運命から逃れられず。


 6日間、生き恥を晒すことが俺の罰なのか。まさに、生き地獄なりや。

 帰ったら、やっぱりベッドの下にあるアレコレを処分しよう。

 生前整理、を検索し始めたちょうどその時。


「……っ!」


 腕を引っ張られた。

 誰に? 変質者?


「乱暴はやめてっ!? お金なら480円しか持ってないぞっ」

「……(ふんふん)」


 変質者でもカツアゲ相手でもなかった。

 二度見したものの、なぜか杜若さんに引き留められていた。


「な、何でしょう?」


 恐る恐るお伺いを立てると、杜若さんは俯き加減のまま。


「あ、あああ、あああああ、の――っっ!」


 聞き慣れないソプラノ音質の声が聞こえた。


「ま、ままま、ままままま、待……っって!」


 喋った!? 話しかけられた! 

 俺はこの瞬間、杜若さんの声を初めて聞いたかもしれないと思った。

 感動もつかの間、杜若さんは荒い息を漏らした。


「……はぁ……ハァ……」


 加えて、目が合うと頬を真っ赤に染めてしまう。

 まるで、赤面しているようだ。

 沈思黙考。熟慮を経て、天啓下る。

 謎はそこそこ、解けた!


「もしや、杜若さん。喋るのが極度に苦手なお方だった? 極度の人見知り?」

「……(こくこく)」


 たった一つの真実を巡るには時間をかけ過ぎた。

 偶像の正体見たり人見知り。

 ようやく、正念場に辿り着いた。

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