第11話 ヒロインと出会いました。

 ステラバックスコーヒー・通称ステバの窓際席を確保した。

 平時ならば、アップルブックエアーをタンターンッ! する意識高い連中が占領しているが、言わずもがな杜若さんの眼力で一掃した。雑魚散らしの魔眼と名付けよう。


 緑色のエプロン店員もついでにビビっていたので、注文は俺が取った。

 先述通り、480円しか持ち合わせがない。


「アイスコーヒー。スモール一つ」

「かしこまりました! アイスコーヒーのショートですね」

「ふぁっ!?」


 ――ショートですね。ショートですね。ショートですね……

 店員の営業スマイルと共に、呪いの言葉が右から左に受け流せない!

 これがドリップ効果というやつか。違うね。ドップラー効果だね。

 アイスコーヒーの代わりに額から冷汗を滴らせ、俺はトリップ寸前だった。


「ありがとうございました~」


 もう、このステバには来れない。

 絶対後で、「サイズの言い間違えが許されるのは小学生までだよねぇ~。プークスクス」とスタッフルームで笑われるのだろう。ついでに、トゥイッターで呟かれるんだ。


 エゴサしなければいいのに、エゴサしちゃうの。だって、小心者なんだもん。

 俺の乙女心が傷ついたが、たいした問題じゃない(致命傷)。


「コーヒー。ここは俺が出すので」

「……(こくり)」


 テーブルにコーヒーを置くと、杜若さんが口を付けた。

 空間がきらめいた。店外から視線が集まり、広告の費用対効果がパない。


「……」

「……」

「……」

「……」


 間がっ! 間が持たん!

 誘ったのは、俺だ! 話題を、話題を出せ!


「あのっ。ご、ご趣味は?」

「……っ!」


 ギロリ。


「間違えた! お見合いじゃねーぞっ」


 どちらかと言えば、一人相撲だった。

 テンパるな。餅つけ。いや、落ち着け。


 俺もベシャリは苦手だ。特に美人なガールと陽気なトークを交わすなんて、余程のリア充レベルを要求される。クッ、青春を謳歌していれば陽キャパワーで場を整えられるのに。


 否、俺は歴戦の陰の者として苦し紛れの悪あがきが得意である。

 周囲を見渡すや、パッと閃いた。


「紙ナプキンッ」


 そうだ、筆談しよう。

 セルフコーナーから紙ナプキンを頂戴し、杜若さんにペンを添えて差し出した。


「ニオンにふらっと立ち寄って杜若さんを目撃したのは予想外だったんだけど――」


 などと、供述する俺。


「結局、あの行動って何ぞや? 誰にも言いふらさないので、教えてくれたら幸いです」


 下手に出ることに関して上手な俺。って、誰が生粋の取り巻きストや!

 杜若さんが、さらさらとペンを動かす。

 ――可愛いと思いました。


「ほう?」


 ――笑顔が素敵でした。


「ほう?」


 ――こんな明るい子なら、私みたいに皆に避けられたりしないと憧れていました。


「ん?」


 雲行きが怪しい。

 ――私はいつも人前だと緊張して、まともに喋れなくなります。目つきもすごくきつくなってしまいます。私を前にすると、いつも相手が怖がってしまいます。

 杜若さんは目を伏せ、吐息を漏らしていく。


 でも。

 本当は、皆と一緒に仲良くしたい――

 紙ナプキンが途切れた。ペンは止まらず、震えていた。

 細かくて丁寧な文字がびっしり羅列されている。


「……」


 学校一の美人と言われた杜若さんは、繊細だった。

 孤高ではなく、孤独に苛まれている。

 俺も含めた周囲のレッテル張りに、彼女は苦しんでいた。


 本人の自己評価の低さも、解釈違いの一因であると否定できない。

 遠い存在だと感じたのは、遠巻きに眺めていたから。

 当然だ。どちらも飛び込まなければ、分かり合うなど叶わない。


「そうか。よく分かった」


 俺は、頷くばかり。

 ラブコメをやるために、軽いノリでヒロインを捕まえに来たのだ。

 さりとて、杜若さんの知られざる内面に触れてしまった。


 俺が暴いた秘密だ。簡単に流していい代物じゃない。

 デリケートな女子の悩みをつまびらかにした代償を払え。


「あ、そういえば! 俺、女子と仲良くしたくてしょうがないんだった! でも、どうすればいいか分からなくて、困ってるんだった!」

「……?」


 前フリ、ヘタクソっ!

 脇と背中がめちゃくちゃ熱かったが、続行。


「杜若さん! もしよければ、俺と友達作りの練習しませんか!? お互い、女子の友達が欲しいと思っている。これは一緒に特訓&切磋琢磨で友情ゲットしかなかろうぜッ!」


 支離滅裂な言動ですが、お使いのラブコメ主人公は正常です。

 いやさ、俺も緊張してるのよ? 美人の憂いた顔、童貞には刺激いと強し。


「……っ!」


 ――大原くん、フレイヤさんと仲良しですよね?

 紙ナプキンを補充するや、メッセージが飛んできた。


「フレイヤ? ギョウカイ神はノーカン。ビジネスパートナーだし」

「……(こくこく)」


 杜若さんはギラッと険しい表情で、何度も頷いた。

 ――よく分かりませんが、分かりました。そのっ、大原君の提案ですが、よろしくお願いします。私も独りじゃないなら、頑張れそうです。


「マジ!? 変な奴がのたまった、おかしな提案に乗っかるのは危険だぞ?」


 自分で言うのもなんだが、あれで了承してしまう杜若さんが心配だ。


「ひとまず、よろしくお願いします。頑張って、友達100人作りましょう」


 勝手に目標設定したものの、特に異論は出なかった。

 俺が告白シーンのように右手を突き出すと、指先をちょこんと掴まれた。


「よ、よよよ、よよよよよっっ! ろろろろろしくっっ」


 ――こちらこそ、よろしくお願いします。友達99人、作ります!

 そして、筆談である。

 99人? 友達100人じゃなくていいの? ラッキーナンバー?

 とにかく、変なこだわりだなぁーと思いました。


 ラブコメ主人公は、ついにヒロインと邂逅した。

 先駆者は言いました。ラブコメマストゴーオン、と。

 ……妄言かもしれない。されど、俺には必要な金言である。


 杜若さんが冷たい表情でぶるぶる震えていた。

 今なら、分かる。彼女は、歓喜に打ち震えているのだ。

 ……別に怒ってないよね? ね?


 スタートラインを踏むために、随分遠くへ来たものさ。

 俺たちのラブコメはこれからだ!

 大原隆の今後の活躍にご期待ください。

 連載されるまでもなく、暗礁に乗り上げていたのは杞憂じゃない。

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