第8話 ヒロインを決めよう

「あなた、好きな子いないの?」

「いや、特に。俺は公正明大な人間ゆえ、特定の相手を贔屓しないのさ」

「ふーん。誰にも相手してもらえないのね、かわいそう。あと、公明正大よ」

「……」


 エンタメギョウ界の方に、正しい四字熟語を教えてもらいました。

 カーッ、所詮エンタメも学歴社会かよ! 夢がねえな!

 自慢じゃないが、俺は偏差値が低い。通知表は平均レベル。未だ、勉強する意味を見出せない。そんな奴でも輝けるステージがエンタメじゃねーのかよ! 絶望した!


 ところで、本当に自慢じゃなかったね。

 フレイヤに悲しい瞳を向けられた気がする。ふ、杞憂さ。


「じゃあ、気になる子で良いわ。興味、関心、好奇、歓喜、憤怒、憎悪、忌避。強い感情が生じる相手。一人くらいいるでしょ?」

「後半はとてもラブコメをやるとは思えんが?」

「何、言ってるのかしら? 明確な気持ちが大事なの。言わば、ベクトルと一緒。感情の大きさをそのまま、マイナスからプラスの向きにひっくり返す。まさに、ラブコメじゃない」


 俺が被害妄想甚だしいのか――冗談は顔だけにしろ、と非難がましいフレイヤ。


「隆、冗談は顔だけにしなさい」

「……」


 被害妄想甚だしくあらず。

 俺の度重なる沈黙に、フレイヤが察した。


「あっ! ベクトルって例えじゃ、伝わらないわよね。配慮が足りなかったわ」

「申し訳なさそうにシュンとするな。ベクトルくらい、知ってるぞ! 一学期の数学でやったわ! なんか、こう、すごく、矢印だろ!」

「そうね。あなたは賢いわ。己の愚かさを隠さないのだから」


 フレイヤが俺の肩にそっと手を置き、何度も頷いた。

 同情するなら、金と愛と癒しと情熱をくれ。加えて、生きがい。

 本当に欲しいものは何だろう? いや、そういう深いテーマは他所でやってくれ。


 閑話休題。

 昼休み。

 人気の少ない図書館で、俺はフレイヤと作戦会議。


「――で、気になる子で考えたんだけど、杜若さんかなあ」

「理由は?」

「昔、仲良くなろうとして失敗した。小五の頃……初めて同じクラスになってちょっかい出すも、一睨みされてビビった。それからすぐ、杜若さんは転校しちゃってバイバイ」


 本人はどこ吹く風だったが、甲子園に毎年登場する10年に一人の逸材レベルの美少女っぷりは、天使やら妖精とファンクラブにもてはやされていた。

 男子の九割は彼女が好きで、転校を知らされた際、皆が涙をちょちょ切らせたなあ。


 その後、交流は一切なく、中学生になる頃には存在を忘却し、つつがなく高校へ進学。入学式、すぐさま話題をかっさらった噂の美人を覗きに行くと、それは杜若さんでした。


「――てな感じ。相変わらず、他を寄せ付けないオーラと虫けらを見下す眼光、周囲が恐れ敬う畏怖のカリスマは健在。誰もお近づきになれない孤高の美人ってわけですよ」

「……晩御飯は何にしようかしら」


 フレイヤは『おうちでマネできるカフェめし』なるレシピ本を眺めていた。

 カフェめしはオサレだけど、量が少ないよね。ぼく、家ではガッツリ派。


「って、聞けよ! フレイヤが説明を求めたんでしょーが」

「聞いてる。杜若皐月ね……ヒロイン力高いし、過去に因縁があるなら丁度いいわ。動向を探って、その子の秘密を暴きなさい」


「如何に?」

「ヒロインの秘密を知ること。それは物語の始まりの合図よ。冴えない男子が高根の花を摘むラブコメにおいて、定番の手法ね」


 フレイヤはレシピ本を閉じるや、うーんと身体を伸ばした。

 俺は紳士ゆえ、誇張された胸元を真っすぐ見つめたりしない。いや、ほんと。偶然たまたま、ゆさゆさっ、と重力に逆らう神秘に感服しただけさ。


「隆。わたしの胸ばかり見てないで、さっさと杜若皐月の観察に向かいなさい。あなたに劣情を催している暇はないはずだけど?」

「み、みみみ見てねーしっ! でも、怒ってるん? ごめん」

「怒ってないわ。スケベ心は必要よ。そうね、性欲に限ってはラブコメ主人公の適性を認めましょうか」


 フレイヤは、ニヤニヤと口端を釣り上げた。


「……偵察、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 俺は居たたまれなくなり、そそくさと図書室を後にするのであった。

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