頭お花畑

西順

頭お花畑

 小五の時だ。変わった転校生がやって来た。そいつは頭がお花畑なやつだった。色とりどりの奇麗なお花畑だ。


「高畑香菜です〜」


 比喩表現ではなく、頭花病と言う病気で、頭髪が花に変わる不思議な病気だ。近頃世界中で少しずつ発症者が増えてきている奇病で、現代医学では手に負えない病気だったが、頭がお花畑になるだけで他に身体に害が無いので、そのうちに周囲のクラスメイトたちも慣れていった。


「皆さん、おはようございます」


「おはようございます〜」


 先生の朝の挨拶にも一人だけ語尾が間延びした返事をするやつで、それをからかわれ、それはいつの間にかイジメへと発展していった。


 バシャン。


 図工の時間の事だ。水彩絵の具用のバケツの水を、男子の一人が高畑の頭にわざとぶち撒けたのだ。


「花には水をやらないとな」


 男子は「してやったり」と言った顔をしていたし、他のクラスメイトもくすくす笑っていたが、僕はすぐに高畑の頭をハンカチで拭いてあげようとした。


「大丈夫ですよ~」


 そう言って僕のハンカチを優しく返してくれた高畑は、自分のハンカチで水を拭いていたが、それで全部の水を拭けるはずもなく、結局僕も拒否する高畑を強引に押し切り、ハンカチで頭のお花畑を拭いてあげるのだった。


 それ以来高畑へのイジメは加速していった。


「花に文房具は必要無いだろ」


 と文房具を隠されたり、


「近寄ったやつも頭が花になるんだって」


 と皆高畑から距離を取るようになっていった。


「おはよう」


「おはようございます~」


 そんな中でも、僕は変わらず高畑と言葉を交わす関係を続けていた。高畑のいない所でクラスメイトたちから、高畑と仲良くするな。と忠告されたが無視した。そして以前より高畑に手を差し伸べてやるようになっていった。


 文房具を隠されれば自分の予備を貸してあげ、教科書を隠されれば横で一緒の教科書を見る。それでもいつも一緒にいられる訳ではなく、高畑へのイジメは無くなる事は無かった。


 当然それは高畑の親の知る所となり、どうやら高畑の親はこういった事態に慣れていたようで、先生は担任を降ろされ、イジメていたクラスメイトたちは、その親諸共かなり厳しい処分を受けていた。何せいつものように学校に行ったら、クラスメイトが半分以下に減っていたと言えば事態の深刻さが分かるだろう。


 そんな状態でクラスを維持出来る訳も無く、僕たちのクラスは解体されて、半分以下に減ったクラスメイトたちは、バラバラに他のクラスに振り分けられる事となった。そしてその中心人物である高畑は、転校する事になった。


「だから〜、大丈夫って〜、言ったのに〜」


 転校する前日、一瞬だけ高畑と話す機会があったのだが、高畑は泣きながら、俺に笑い掛けてくれた。それが僕が高畑と会った最後だ。


 ✿ ✿ ✿


 高畑と別れてからも時間は少しずつ流れていき、頭花病も少しずつ解明が進んできていた。それは頭花病の治療法ではなく、頭花病となると、タレンテッドと呼ばれる運動や芸術などの才能に目覚める。との報告だった。それが分かって以来、テレビやネットで頭がお花畑の人間を観ない日は無くなった。


 スポーツの世界大会があれば上位は頭花病の人間が独占するようになり、街では頭花病の人間がデザインした広告や商品で溢れ返るようになっている。


 誰も彼もが頭花病の人間を持て囃し、頭花病になりたいと考える。そんな時代に突入していた。


 そんな時代で、高畑の姿も良く観るようになった。彼女には絵の才能があり、まるでその絵の中に入り込んでしまったかのような不思議な絵が魅力だ。思えば、初めに高畑へ絵の具の水をぶち撒けたやつは、高畑が来るまでクラスで一番絵の上手いやつだった。そう考えると、あれは嫉妬だったのだろう。高畑へした事は許される事ではなかったが。


 僕は今日、高畑の個展に来ている。絵の個展なんて行く趣味は無かったのだが、僕の元に高畑からチケットが届いたからだ。高畑とは、今時珍しく年賀状のやり取りをしていたので、向こうがウチの住所を知っていても何ら不思議はない。


 行くかどうか少し迷った。でも会いたい思いが勝ったので、僕は意を決して個展に行く事にした。


「こんにちは~」


 混雑する会場内で、可愛らしい一輪の花だけが描かれた絵に魅入っていたら、背後から声を掛けられた。振り返れば、あの頃よりももっと美しい色とりどりのお花畑で頭を飾った高畑がいた。


「お招きありがとう」


「いいえ〜、私とあなたの仲じゃあないですか〜」


 そう言って微笑む高畑に僕も微笑み返す。


「凄いな高畑は、こんな絵、僕には描けないよ」


「あなたも描けるようになりたいですか~」


 僕より少し背の低い高畑が、見上げるように僕の目を覗き込む。まるで僕が望むなら、高畑がその力をあげると、頭をお花畑に変えてあげると、僕にはそう思えた。


「う〜ん。僕はやめておくよ」


「そうですか〜」


「高畑の頭が色とりどりの花で飾られているように、人間も色んな人間がいた方が面白いと思うからね」


「うふふ〜、そうですね〜。でも私は〜、一つだけの花も好きですよ~」


 高畑のその言葉の意味は僕には良く分からなかったが、この日以来、高畑とは良く連絡するようになった。

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頭お花畑 西順 @nisijun624

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