第4話 転生と転移
「あちらの世界にいく方法だが【転移】でいいか?」
「その方法で頼む。」
願いを聞き届けた神は、いつの間にか魔女から拝借した杖を持って全員を連れて神殿中央へと移動する。
向かう場所は『水宮(すいきゅう)魂(だま)』がある地下だ。「水球魂」とは、大人一人がすっぽりと入るガラス状の金魚鉢のことだ。
大昔、魔女が生まれる前まで色々な儀式で使用されていたようだが、今では完全に廃れている。
天井から水がポタポタと天井から垂れている木々を伝って金魚鉢の中へと滴り落ちる。
この水は神殿中央にある噴水で、水路を辿って神殿内を巡る。それが結果的に漏れ出し、ゆっくりと地下へと向かうのだ。
地下にある水宮魂の水はかなりの年数を経て、金魚鉢の中を満杯にする。
神は、その水宮魂の中に魔女が使用する杖を投げ入れた。さらに神は魔女の血とフクの血を一滴ずつ採取し、己の血液と混ぜる。
徐々に徐々にカップの中に入った血液の色が変わりだす。
「うん。これで良いかな。」
神はそれを金魚鉢の中に投げ入れた。
「主様より主様っぽいことをしていますね。」
そうフクが魔女に言うと、彼女はため息をついて神の方へ向くよう指先を向ける。すると神は悪魔的な笑みをこぼしてこちらを見ている。
なんならハサミとかを持って実験してやろうかとフクを弄ってきている。
危険を感じたフクは魔女の後ろに一目散と逃げ、警戒心を表に出していた。
やれやれと魔女は呆れつつ、なぜティーの分の血液を採取しなかったのかを神に聞いた。
「ティーはオオコウモリだろう。元々吸血鬼の眷属である彼らは自分の血と他の血を一緒に入れるとティーの血が他の血を喰らってしまい、うまく術を施せなくなるのだ。」
「なるほど。」
「元賢者さんは理解するのが早くて助かるわー。」
とノリノリで友達のように話していたが、彼女らの会話は冷静さを取り戻した。ただ、神の話を聞いていたティーは大きい瞳を輝かせ【オネガイ】と言うが、それも叶わず。
しょんぼりしていると神は隣に来て、こう言う。
「私と一緒に留守番だ。」
あまりのショックに肩を落とすティー。魔女はティーに抱きつき、たくさん撫でてあげたのだった。魔女がティーを慰めている中、神は水宮魂に再度近づき、混ぜ合わせた血液を一滴残らず人が一人入れる水宮魂の中に入れていく。
血液はジワジワと水宮魂の中に広がっていった。無色透明だった水に色がついていく
「よし、あともう少しだな。」
と神は言いながら自身の両手を水宮魂のガラス部分に優しくあてて目を瞑った。一度広がりきった血液が杖を中心に集まり出し、木製の杖上部に蛇の彫刻に吸い取られていく。
「ほお、そう言うことか。」
魔女は口角を片方上げて微笑みつつ、神が杖にエネルギーを食わせることで、転移するときの核にしようとしているのだと悟った。一方で、ティーを横目にフクは神に疑問に思ったことを問いかける。
「マグノリア女王陛下も【転移】を使用してあちらの世界にいったのかしら?」
「いいや、あいつは違う。【転生】をしてあちらの世界にいったはずだ。」
こんなに早く回答が返ってくるとは思っていなかったが、彼女は転生という方法を用いて新しい世界に旅たったことを知る。そして彼女は続けて神に質問した。
「【転生】と【転移】は何が違うの?」
移動することはわかる。でもその移動の何が違うのかと神に問うフク、そしてそれを側から聞いていたオッドアイの黒猫が姿を現して説明を開始した。
「初めまして、私は運命の神によって創くられた黒猫ですわ。以後お見知り置きくださいませ。」
礼儀正しい黒猫が魔女やその眷属に礼儀正しい挨拶をして登場した。神曰く、大きくて広い神殿の中を一人でいるのはとても寂しくて仕方なくて、つい土から創ってしまったそうだ。
名前を与えると運命の神の眷属になることを意味するので、名前は与えていないそうだ。
「なんであなたみたいな猫から教わらなければならないわけ?」
一気に不機嫌になるフク。せっかくの神との語らいを邪魔されて結構頭にきているようだ。だが流石猫、表情ひとつ変えずに猫は化けの皮を被りながら、高圧的なフクに無言で対応していた。
「高圧的なフクロウは無視して、ご説明いたしますわね。」
「無礼な猫さんですこと、自慢の爪でオッドアイを潰しましょうか?」
「あら、怖いこと申しますわね。冗談でもやめて頂きたいですわ。」
フクと猫の間で雷が何度も落ちる。一触即発、緊張状態がその場に広がる。
しかし、魔女が間に入ると喧嘩は不思議な事に一度治まる。フクの主だからか、はたまた神が創造した命だからか…とたくさん考えた。
その中、猫は神がいる水宮魂の横にある階段に座りながら、転移と転生の違いを説明するが悲しいことに擬音語ばかりでフクの理解を得るまでかなり時間がかかる。
一生懸命説明する姿を見て、止められずじまいの二人。途中から加わったティーでさえ、理解できず退屈そうにあくびをしている始末だ。
この状況を聞いていた神が責任をとって、説明をしようと猫を抱き抱えて階段を降りてきた。気持ち良く説明していたのに強制的に止められて猫はご立腹になってしまう。
「つまり、猫が言いたいのは【転生】と【転移】に違いは【一度死んでいるか、否か】という事だ。」
黒猫を優しく抱き抱え愛でながら神はいった。たったこれだけの違いを伝える為にどれだけの時間を要しただろうかと疲れた表情を浮かべ思いながらも、それだけの違いなのかとフクは驚いてしまう。
「ただし、これには条件と片方には代償が付き纏うことになる。」
「条件と代償ですか。」
とフクは神の話に食らいつく。知識欲の権化であるフクは瞳を輝かせ、満足げに神の話を聞いている。もう新しい知識に心酔している状態と言ってもおかしくなかった。
そのなか、神は福の瞳をじっと見つめながら説明をする。
転生する場合は一度死んでいることが条件で、魂のみが新しい世界に行き新しい身体に受肉する。
一方で転移する場合は神と賢者の魔力がいることが条件で、魂と今ある身体ごと新しい世界に飛ぶことができる。ただ代償として失敗する確率が九十%と高く、命を落としかねない。
猫を撫でながら柔らかい口調で話す神だが、今からしようとしている【転移】の代償が大きすぎてフクとティーは唖然とする。
「確かに九十%と伝えたが、それは非力な賢者の場合だ。お前たちの主人はそんな非力な奴ではない。非力な奴だったら千年も長いこと生きていることはなかろう。」
魔女を見て微笑む神。そしてそれに呼応するかのように水宮魂が光を放つ。
「準備が整ったようだ。」
魔女はフクを肩に乗せる。神は魔女の手を引っ張る。そして階段を一気に駆け上がった。上から見る水宮魂は水がどっぷりと溜まり、ポチャポチャと揺れている。光が当たりキラキラと輝くそれは遠い昔に見た海のようだ。
そして中心には変わらず魔女の杖が浮遊していた。
「では、この私と魔女エルメラ、使い魔フクの血が入った水宮魂の中に入ってもらおうか!」
「「えっ!?」」
魔女とフクは後ろを勢いよく振り返る。だが、そんなことお構いなしと神は背中を押して水宮魂の中へと落とした。
――ドボンッ!!!!
勢いよく落ちた魔女。そして肩に乗っていたフクも落ち、自慢の翼が濡れてしまう。
だが、その中は苦しくなかった。フクも水流に身を任せ、ゆっくりと魔女の腕の中にいく。
すると神が何やら魔女に伝えたいことがあるのか必死に声をかける。だが水が邪魔で声が聞こえない。
必死に口の形を読み、ゆっくりと解読する。
――「つえをつかめ」
そう言っていた。フクを片腕で抱きしめながら、魔女は自身の杖を半刻ぶりに握りしめた。
「ッ!?!?」
魔女が杖を掴むとそれを核に水がドーナツ型に離散する。二人に纏わりついた水も離散したことで、完全に乾いた状態になった。
そしてドーナツ型になった水は魔女とフクの周りを回転し続ける。
「エルメラ!!杖を上に掲げ、そこに魔力を集中させて核を作れ!!」
神が魔女に指示を出すとフクは肩に乗り、言われた通り魔女は上に高々と掲げる。自身の体内にある大量の魔力を指先から髪の一本からゆっくりと吸い上げ、杖へと集める。
バチバチと魔力同士がぶつかり合い、見たこともない禍々しい雷が出現しだした。
小さな核ができると部屋中のものが核を中心に引き寄せられ、まるで小さなブラックホールが出来上がる。すると神が見計らったかのように、神力で核を覆い力の制御に取り掛かる。
「お前の行きたい所を言え!!!その次に私と呪文を唱える。呪文は!!!」
魔女がそれを聞き届けると力強く頷き、口を開いた。
「日本…。マグノリアのいる日本へ!」
そういうと二人は大袈裟に深呼吸をして息を合わせた。
「「ナンチャラカンチャラぁぁぁぁ!!!!」」
「え、それが呪文なの?」
と腕の中から魔女を見上げてフクは二人の呪文を冷静に聞いて突っ込んでしまった。まさかそんな幼稚な呪文だとは誰も思わないじゃないか。
呪文のセンスはどこに行った…神よ。
と魔力と神力が合わさったエネルギーがシルク状のカーテンを作り出す。そしてそれに呼応するかのようにドーナツ型の水が離散して雲を作り出した。
雨がポツポツと部屋の中で降り始め、一気に止む。その後足元からシルク製のカーテンの方へ虹色の橋がかかる。
「エルメラ、あちらの世界に行ったら【魔法の使用禁止】と【こちらの世界ウェラリアのことは誰にも言うな】!
もしこれを守れなかったら、本来なら一年間そちらにいられる所が強制送還になるからな!
しかも二度と再開できないぞ!!】
「承知した。」
そう言いつつ、こちらの世界の心残りはティーを置いていくことだ。魔女は申し訳なさそうにティーを見て、なんと言えば良いか悩む。
察したティーは大粒の涙を溢しながら言う。
「ボク、ダイジョウブ!アンシンシテ、イッテキテ!!!」
いつの間にか大人になったティーが魔女を優しく送り出す。魔女は嬉しいような、少し寂しいような複雑な感情を思い浮かべながらティーに言う。
「神と待っていてくれ!!!ちゃんと帰るからっ!!!」
「ティー、主様は私に任せて、あとのことを頼みますよ。」
「イッテラッシャァァァイッ!」
魔女とフクはティーにそう言って、虹の橋を渡って行ったのだった。
涙を拭いながらも次から次へと大粒の涙が出てきてしまうティー。寂しい一年間、そして転移がうまくいかなかった場合は、彼女らの命はない。それが怖くて仕方がないティーは大泣きする
「大丈夫だ。虹の橋が出る前に普通なら死んでいる。虹の橋が出ても、あいつらは変わらずに普通にいただろう。だからちゃんと帰って来られる。それに、それに…。」
神の口が止まり額に汗が溜まり出す。しかもその汗は普通の汗ではない。脂汗だ。嫌な予感がしたティーは大声で「アルジィィィッ!!!!」と神殿地下で叫び出す。
不安が爆発し、どうしようもできなくなっていたのだ。
そして神が忘れていたこと、それは二つだ。一つは条件を破った場合【日本で魔女と出会った人全員の記憶が消去されること】だ。これは日本に転生したマグノリアも同じくだ。あともう一つは。
「アルジィィィッ!!!!!カエッテキテェェェ!!!!!」
ご乱心のティーの声で神殿にヒビが入る。超音波が入って「ただの声」が強化されてしまっている。 大きな音が苦手なティーだが、精神状態が追い詰められそれどころではない。
魔女に忘れていた二つを伝える前にティーをなんとかしなければと神は躍起になる。
猫に手伝ってもらおうとティーの前でちょうど立っていた神力を使って防御魔法を展開するが何の反応もない。
――嫌な予感がした。
神が猫に近づき、肩を揺らすとそのまま猫は泡を拭きながら倒れた。ティーの大きな声と超音波のダブルパンチで猫はすでに失神していたのだ。
「…サビ残もあるってのにぃぃぃッ!!」
神は自身の頭を抱えてのご乱心。ティーも涙を溢しながらのご乱心。猫は完全に失神している。そして情報伝達を忘れられ、バカ神から『あ、忘れていた。ごめん。』と転移した後に伝えられて絶望感に駆られるかもしれない魔女とフク。
そう、どちらもスタートから前途多難である。
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