第3話 バカ神
ドンっと何かが勢いよく落ちる音が誰もいないはずの神殿の中で鳴り響いた。
「痛たたたッ…。雑な転移魔法を使ってからに、あのバカ神。もうちょっと丁寧に扱いなさいよ。」
小言オンパレードで、それは止むことを知らない。魔女は打ったお尻を撫でながら、目の前に落ちている杖を拾う。
「フクやティーはどこ行った。」
小さくため息をつきつつも自身が持つ杖を使用して魔法を行使する。彼らの体につけた防御魔法を頼りに使い魔達を助けに行くことにしたのだ。
百人ぐらいを招ける広さを持つ神殿であることは知っていたが、それをゆうに超える広さだった。きっと今魔女がいる場所は地下であるとして、大広間はここから二階上だと推察する。
杖を棒のように使って、影に蔓延る邪気や小さな魔物達を祓いのけていく。普通だったら、魔法で倒すのがセオリーだが、魔女は面倒臭くて物理で殴る。殴り続ける。
最近来た時よりも神殿内、特に地下が複雑になっている気がしてならず、魔女はもうすでにイライラしていた。
「ここ全部壊そうかな。」
ボソッと小声で毒を吐き出した。杖の先端には少しずつ魔力がこもり出す。自身でつけた蝋燭の灯りや魔物達の魔力をも巻き込みだした。
建物は震え、軋み出す。土埃が上から降ってくると尚のこと魔女はキレだした。
「少しは掃除しろとあれほど言ったのにッ…。」
全てを吐き出す準備はできた。魔女は上に杖を思い切りむけてこう叫ぶ。
「バカ神に一発打ち込めぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
言い放った瞬間、魔女は「やり切ったぜ」と満足げに思いを馳せていたが魔力弾が爆ぜる瞬間にテレポートさせられた。
場所は神の御前、大広間である。そしてその場所に天井はない。
魔女が当たり一体の魔力を溜め込んで作った魔力弾は、間一髪のところで神殿の外へと打ち上げられたのだった。
「ええええええ」
その場所で神と先に語らいを楽しんでいたフクは、衝撃のあまり声に思い切り出ていた。
あれを地下から、この大広間に向けてぶっ放そうとしていた魔女にドン引きしてしまう。
「万事OKよ。」
「絶対違うわ。イライラが溜まって仕方なかったから周りに当たり散らそうとした所かしら。」
と魔女が自信満々に計画通りという雰囲気を垂れ流して逃げようとしている所をフクが怒りながら嘴で突き出す。ストレス発散と称して、よく大量の魔力を放出して暴れ回っていた魔女はこれを悪いことだとは思っていない。
だって凄いすっきりするし。
そんな微笑ましい光景を神殿内にある玉座から見ていた神は自身の膝を叩きながら大爆笑する。
月明かりが空いた天井から差し込み、玉座を照らす。その中、神聖な場には似合わない笑い声。
容姿端麗な美女は爆笑しながら白銀の髪を靡かせる。瞳を覆い隠すように着けている銀の仮面からカタカタと音が響いていた。
「笑いすぎですよ。運命の神。」
「ふふふ、久しぶりだったからつい。」
口元に手を当てながら思い出し笑いをしている運命の神(通称バカ神)は、ケタケタ笑うのをやめて一気に真剣な眼差しに戻る。
神殿内に緊張が走り、魔女は体感気温が少しだけ冷え始めたような気がしてならなかった。
バカ神にはモードがある。おふざけモードと真剣モード。二つの仮面があるのだ。
「息災なようで何よりじゃ。賢者よ。」
月光を纏う運命の神がそう言った。
「ふん、全くここまでくるのにおふざけが過ぎるぞ。神よ。私の使い魔であるオオコウモリはどうした?」
この場にいない魔女の使い魔ティーのこと聞くと、悪魔的な笑みを浮かべながら空を指差した。指先の向こうには大きな雲がある。雲は空を覆い、ゆっくりとこちらに向かっていた。
「怪我させたら神であるあんたでも承知しないよ。」
鋭い眼光、怒りのオーラ全開で神に楯突く魔女。それを隣で見るフクも同様に微笑みながらもイラついていた。大切な弟分に何かあったら、容赦しないと圧をかけている。
よく似た者同士。そして良き相棒だ。こちらが羨ましくなるほどの仲の良さに神は嫉妬する。
「運命の神の名に誓って、怪我をさせずに無事帰還させることを誓おう。」
簡単な挙手をしながら魔女とフクに宣誓する。誓いは絶対。神であれ、動物とであれ、それは契りを交わした瞬間、効力が現れる。
「賢者…。いや魔女エルメラよ。久々の来訪を喜ばしく思う。してその理由やいかに?」
「我が唯一の友であるマグノリア女王陛下より願いの文が届いた。『全てを忘れる病気になってしまったため、忘れる前に私に会いたい』という内容だ。私はその願いを叶えてやりたい。」
玉座の肘置きを人差し指でコツコツと鳴らしながら、頬杖をつく運命の神。それを聞いてもっと面白いことを願にくるのかと思いきや、また彼女は自分を犠牲にして友の願いを叶えたいと言う。
あぁ、彼女はクソ真面目な「賢者」から訳あって「魔女」になったというのに…また人助けをするのか。
「面白くないないなー。」
ボソッと神はつぶやいた。そしてそれと同時に彼女の悪知恵が働き、閃いた。この手を使えばきっと楽しいに違いない。この魔女の視えていなかった秘密の部分に触れられるかもしれないと脳内をフルスロットルで回転させていく。
「あぁ、これだ。妾が欲しかった答えはッ!!」
そしてある回答に辿り着く。ニタリと悪魔的な笑みをしながら運命の神は宣う。
「あんた、この世界に生を受けてからまだ願いを一度も叶えていないじゃない!!」
キラキラした瞳で、童のようにキャッキャしだす神を見て魔女は悪寒が走る。
また神が独創世界に入ってしまった。真面目な話をしていたのに、何故いつもこうなるのかと後悔の念が絶えない。
「私の願いではない。彼女の願いを叶えるために力を貸して欲しいんだけだ!!!」
神は玉座から離れ、一瞬にして魔女の眼の前へと移動する。魔女の唇を神の人差し指で優しく抑え、首を横に振る。
「違うわ。違うのよ、魔女エルメラ。あなたはいつも自己犠牲をマントの様に自身に纏わせ、他者の願いを具現化する化身となっている。でも今回はそうじゃない。答えはそうじゃないのよ!!!」
先程の真剣な神と熱が全く違う。大興奮して息が上がり、頬を高揚とさせるその姿は愛しい人と気持ちを共有したときに感じる感覚に神の状態は近い。
「女王『が』会いたいのではないの。貴方『が』貴方自身が女王に会いたいと無意識に思っているのよ!!!」
「はぁっ!?!?」
訳がわからなかった。この神は何を言っているのかと、全く理解できなかった。それの何が違うのだろう、主軸が違うという事だろうか?
はたまた、魔女の私では計り知れない何かがあるのだろうか。
そう魔女エルメラは思考を再開する。しかし、全くわからない。この神が一体何を伝えようとしているのか。何がしたいのか。
そして自分自身がどうしたいのか…。わからない事だらけだ。
「あははは、あなた凄く困っている。最高。ねぇ魔女エルメラ、女王はどうしてこちらに手紙を送ったの??どうして女王は貴方に会いたいの???
根幹はそこよ????」
神は魔女の思考をごちゃごちゃにかき混ぜる。まるで脳みその中身をヘラでぐちゃぐちゃに混ぜられているかの様に、すごく苛立たしい。そしてとても不愉快だった。
「ねぇエルメラ、あなたは会いたくないの?」
「そんなことはない!!!!ただ私は彼女が会いたいと言うから、行かなければならないだけで!!!!」
もがき苦しみ、大声を張る魔女。それを楽しむ神の姿はまるで悪魔。
「あなたはどこまでも『他人軸』なのね。」
神の言葉を聞いた瞬間、魔女の思考は停止した。だって今まで自分の願いを叶えようとすれば、誰かが静止した。しかも「女」という理由で止めてきた。
やりたいことも、しりたいことも、何から何まで制約付きの自由だった。
苦しくて辛い、まさかこの歳にもなってもまだあの時の自分のままなのかと絶望する。
ただ、それと同時に彼女の心からの言葉がか細い声で紡ぎ出される。
「会いたいに決まっているじゃないか。もう会えないと思った親友と共に語らいたい。あの子に会いたい。そう思って何が悪い。」
ぐっと堪えてきた言葉を少しずつ紡ぐ。そして自分のしたいことがそれで合っていると言わんばかりに大粒の涙が溢れてくる。
久しぶりに泣いた。誰かがいる場で、そして自分の弱いところを認めた気がした。
声を出して大泣きすると七十歳ぐらいの容姿から少しずつ少しずつ若返りをしていく。まるで身体に溜まりきった毒素が涙によって浄化されていくかの様に。
魔女の若かりし頃、女王と初めて出会った頃の容姿に変わっていく。
「ざっと五十歳かしらね。」
大泣きして目をパンパンに腫らした魔女は神に言う。そう、あの後三十分くらい泣き喚いたのだ。
少し毒素が抜けて半分完全体へと戻っていた。
「目をパンパンに腫らしたバカが自分で言うか。」
「うん。言う。」
「全く。そういうところが変わらんな。」
「でも、あんなふうに手荒な真似して心の中を揺さぶる必要性なんかなかっただろう。」
「ああでもしないと、魔女エルメラとして話すだけの傀儡でしかなかった。私は貴方と話がしたかった。それだけだよ。」
大きなため息と共に、不器用にも程がある神の方法•手段が雑であるにも関わらず、根幹は優しさと好奇心なのだから本当に困る。
ただそう思っていることも、この神からしたら織り込み済みなのだろう。
すると神は魔女エルメラの肩を叩き、ニコッと微笑む。「ほらほら、私に何かいうことはないのかい???」という風な表情を浮かべ玉座に戻った。そして魔女は呆れた顔を浮かべながらも、姿勢を整えた。神に対して膝を突く。そしてその勢いで魔女は頭を垂れた。
「運命の神よ、私の願いを聞き届けたまえ。」
「聴こうっ!!!汝の願いや如何に!」
お腹いっぱいに空気を溜めて、一気に吐き出す。深呼吸を一度した魔女はニコニコした笑顔で神の眼を見て言った。
「我が願いは、もう一度親友マグノリア女王陛下にお会いしたい!!それだけです!!」
「ふふふ、その願い承諾しよう。妾はお前の願いを叶えると約束する!!!」
神殿内に差し込める月明かりがより一層照らしていく中、魔女と運命の神を包み込む。また神だけではなく、まるで魔女の願いを世界全体が祝福しているかの様に光り輝いる。
雲もひとつもない中、使い魔のティーが神殿の天井に降り立つ。穴が空いた天井から顔を出し、魔女がいる方向を向くティーはその光景を目にする。そして第一声がこれだった。
『…ダレ???』
ティーは首を傾げながら、そして大きなつぶらな瞳を細めて警戒したのだった。
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