第2話 三匹の守護獣と


 魔女はいそいそと荷造りを始める。自分の身長よりも大きなバックに着替えや食料や水など必要最低限な物のほかに専門書なども積み込んでいく。


 彼女はこれを持って日本へ行くと言い始めた。いや待て、そんな重いものを魔女一人で持てるはずがない。そう思ったフクは魔女が荷物から離れると、嘴と脚をうまく使って「いらないもの」をほっぽり出していく。


「大事なものなのに!!!」


 魔女は困り顔でそう言う。でも多すぎる量は彼女の体の負担になる。だからフクはいる•いらないの選択を必死に行なっていく。魔女がいつも持ち歩く肩掛けバックぐらいの量になり、フクはすごくご機嫌だった。一方魔女は不安症が募り募っていく。これだけで本当に足りるのかと少し怒り気味だ。


「ツギ、ドコイク?」


 このやりとりを全く気にしないティーは首を傾げながら魔女に問う。『日本に来てほしい』という友人の願いとは言え、それが一体どこでどんな国なのか、どこの世界に存在する場所なのか、全くわからない状況であることに変わりはない。

 だから、ある場所に行きその情報を集めることを目標に動き出すことにした。


「そんなこと決まっている。あのバカ神がいる旧神殿だよ。」


「バカガミ???」


 ティーの頭の上には『?』がたくさん浮かび上がっていた。するとフクが相槌を打つようにすっと立ち上がり横から入る。助っ人として動いた。


「運命の神、四大神のひとりよ。」


「ヘェ〜」


 フクは(この子本当にわかっているのかしら)と内心不安になりながらも魔女のほうを見て、解説したわよとコンタクトを取る。

 魔女はそれをみて呆れつつ、ガマ口バックの蓋を閉めて玄関にある魔女の帽子と杖を取りに行く。そしてティーにこう言った。


「ティー、フクあんたたちの翼が頼りだ。任せたからね。」


「ワカッター!」


「ふふふ、楽しくなりそうね。」


 フクはいそいそと荷物を運んだ時に使ったティーの籠の中に入っていく。魔女は忘れ物がないかを確認していく。また家の中に変質者や冒険者たちが入ってこないように彼女は魔法で動物型のゴーレムを作り出す。動物型である理由は、人型を作るには錬成前に細かい作業があるため時間がかかってしまうためだ。

 

「留守は頼んだよ。ゴーレムたち。」


 そう言い残して、彼女はティーのカゴの中に飛び乗ったのだった。



 某所、暗闇の中。全く灯がない場所で柱にある蝋燭に勝手に火が灯る。入口から建物の奥まで続く蝋燭はまるで、進行方向を教えてくれている。ただそこに人はいない。動物もいない。

 いるのは…忘れ去られた「神」と呼ばれる存在のみ。 建物の天井が倒壊し、そこから月明かりが入る。その下にある玉座のような椅子に頬杖をついて座っている。

 

「あら、私のことを知っている人が久々に遊びに来てくれるのね。」


 神の手に留まった蝶がそう伝えた。役目を終えたのか、伝え終えるとそのまま砂となって果ててしまう。命の儚さを蝶は神に伝えているように見えた。


 容姿端麗、白銀の髪がサラリと風に靡く。ただこの神の瞳だけは銀の仮面をつけており、何色であるかは全く分からなかった。

 そんな神は砂となって果てた蝶に向かって言った。


「役目をしっかりと果たし終えたあなたに祝福がありますように。」


 蝶が留まった手に口づけをして、神は蝶の新しい門出を祈ったのだった。



 ティーが夜空を羽ばたく。心地のいい風が魔女を包み、明るい満月が闇夜を照らす。そんな静かで落ち着いた時間帯、彼女たちはどこまでも続く大河と山間の場所を目指して進んでいた。ゆっくりと進みながら、何かを探している様子だ。


「ティー、少しだけ高度を下げてくれるかい。確かこのあたりに入口があったはずだ。」


「ハーイ」


 オオコウモリのティーは自身の体と同じくらいの山間を難なく通っていく。超音波でうまく障害物を避けて飛ぶことができる。ティーの得意技と言っていいだろう。

高度を下げて夜目があまり効かない魔女でも少し見えるように、魔法で灯りを灯す。一方でフクも別行動をして、神殿に通じている入口を探すために別行動をとっていた。


 「確か、このあたりに石板が3つ建った隠れた丘があったはずなのだが…。」


 魔女は身を乗り出し落ちないように探していく。魔女であるため、杖を使って飛ぶことができるのだが、魔女は動くのが結構面倒くさい様子だった。


 自分も別行動をとるか、はたまた面倒臭いことは無しにして魔法で山ごと吹き飛ばして丸裸にするか頭を抱えて悩んでいると吉報を持ってきたフクが魔女の元に到着する。


「あなた様、3つの石板がある丘を見つけたのだけど、守護獣がいて近づけないわ。どうしましょう?」


 フクが魔女の元に戻ると困った表情で魔女に言った。


「ああ、それなら心配ないよ。私の友達だからね。」


 悪魔的な笑みを浮かべながら、魔女はフクの道案内のもとティーと向かった。山間をゆっくりと抜けていくと大河の上流、大河の根源近くにある滝の近くに小高い丘があった。その小高い丘にはトライアングル状にある三つの石板とそれを守る三匹の守護獣が外を向いて守っていた。


――『何者だ。』


 守護獣が魔女に問う。荘厳で神と同等の威圧を放つそれは魔女を警戒し、いつでも戦える体制を取り始めた。


「全く、この私を忘れたとは言わせないよ。トラちゃんズ。」


((え、それがこの守護獣たちの名前なのッ!?))


 思いもよらない名前を聞いてティーとフクは驚愕する。まさか、守護獣の名前がそんな可愛らしい名前だとは誰も思わないじゃないか。


――『おお、久しいな。賢者よ。どれくらいぶりだ?』


「先の大戦からだから…。ざっと八百年ぐらい前じゃないかい?

 あと、私は賢者をやめて魔女に転職したからね。少し違う人になっちまったよ。」


「魔女サン、八百歳なの!?」


「まあ、そこで守護獣様と出会っているからもっと年齢は上ね。」


 ティーの口があんぐり開く。守護獣たちはその様子を見てケタケタと笑った。久しぶりの友人と会話を交わす彼らは少しの時間が宝物のようにキラキラと輝き出した。そりゃそうだ、だって八〇〇年ぶりなのだから。


 さらに水が綺麗なこの土地は蛍を始め、妖精たちが楽しそうに踊りを楽しんでいる。魔女とトラちゃんズの語らいを見て妖精たちは宴会騒ぎになっており、心地のいい声が辺りに響いた。


「そうだ。今日はあのバカに会いに来た。今、そこにいるかい?」


 妖精たちに魔力を少し分けながら、宴会目的ではないことを伝える魔女。すると守護獣達もそれを汲み、真剣な表情に戻った。


――『運命の神はこちらに御坐す。神もマレビトの来訪を、賢者さまとの語らいを心待ちにしていらっしゃいます。』


 守護獣たちは魔女に向かってそう伝え、深くお辞儀をする。いったいこの人は何をしてきたのだろうとティーは驚きながらも興味津々だった。


 すると魔女も同様に守護獣達に向けて深々とお辞儀をする。

 大きく深呼吸をして、魔女はゆっくりと石板の中央に立った。

 杖の先端を地面に突き立て、何やら呪文を唱え始める。そして、自身の親指を噛み、地面に一滴血を垂らした。するとその血と地が反応しあって三つの石板が月明かりよりも明るい白銀の光を放ち出した。


 ティーもフクも眩しくて目を瞑るが、魔女は眼をつぶらずに杖を持ち『大』の字になりながら、天空の星空を見上げる。


 星々が煌めく天空、そこに白銀の光に呼応するかのように空が、雲が一気に割れ始めた。

 それをきっかけに三匹の守護獣が割れ目に向かって大きく吠えた。割れ目がゆっくりと開き出し、巨大な両眼が現れた。

 まるでこれから来る人を確認するかのようなその眼は、人であれ、動物であれ、かなり不気味だった。

 天変地異が起きる一歩手前かと思うほど、大地に、空に、大河に溢れる魔力がこもる。動植物達が慌てふためく中、魔女は口元を綻ばせて両目に向かってこう叫んだ。


「バカ神、閉じこもってないで扉を開けなッ!!」


 そう言い放つと、魔女を含めたティー・フク達はその場から姿を消したのだった。


 先程の天変地異並みの魔力や動植物達の落ち着きのなさが一気に鎮まる。夜の落ち着きを取り戻し、静かな夜を取り戻した。

 すると一頭の守護獣が空を見て微笑む。


 ――『良き語らいを。そして我が友に祝福があらんことを』

 

 三匹の守護獣達は、深い眠りにつくと共に体から煙を出して、小高い丘を再度世俗から切り離したのだった

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