第1話 四ヶ月前

 さて時は遡る事「約四ヶ月前」…。日本ではなく異世界【ウェラリア】にいた魔女の元に彼女の運命を一変させる一通の手紙が世界樹に暮らす魔女の元へと届いた。


「テガミダヨ、テガミダヨ。」


 そう言って、魔女に近づくのは街路樹くらいの大きさの「オオコウモリ」だった。使い魔の一柱であるオオコウモリをよく見ると、首にぶら下げた籠の中には、たくさんの食べ物と魔女に依頼した仕事が入っていた。オオコウモリはそれらを無事に魔女の元へ持って帰ってくるのが仕事だ。


 いつもだと「オナカガヘッタ」だの言うのに、珍しくその言葉が出てこない。しかも開口一番に行ったのは「手紙」だという。たくさんの王国と人間を滅ぼしてきたが、手紙を寄越すほどの物好きがこの世界にいたのかと面白半分でいた。


「で、誰が私なんかに手紙だって?国でも滅ぼしたいのかい?」


 悪魔的な笑みでニンマリとする魔女を横目に、魔女の片腕である梟は言う。


「主様…。これメグからよ。あっちの世界に行った。」


 メグと聞いた瞬間、部屋の隅から反対の隅まで瞬間移動し、オオコウモリの真下まで行った。悪魔的な笑みは消え、彼女は驚いた表情を浮かべながら歓喜の中にいた。約七十年以上、彼女と話せていなければ、関わることすらできない異世界へと言ってしまったのだから。

 寂しいという感情と嬉しいという感情がごちゃ混ぜになりつつも、彼女は手紙の封を切る。

 手紙を広げてみると、何とまあ簡素な便箋と文章だろうかと思った。しかも私が読めない世界の言葉で紡いでくるとは、あの天然おバカは何を考えているのだろうか。


「これじゃ、すぐに読めないじゃないか。全く、あのバカ。ティー、フク、私はこれから自室に篭るからね。邪魔すんじゃないよ!!」


 オオコウモリとフクロウの使い魔の名を言いながら、魔女は隠し扉を開けて自室にこもってしまった。


「ウウウウ…ゴハン。」


 オオコウモリのティーは半分涙目になりながら、フクロウのフクに愚痴る。この魔女が部屋に篭ると最低でも二時間近く部屋に籠ってしまうため、夕飯は後回しになりがちである。 これを見越したフクは、ティーに助言をする。


「世界樹に遊びに行って時間つぶしながら、一緒に夕飯を狩ってきましょうか。」


 おっとりしているフクの口から恐ろしい言葉がさらっと出てくる。そうこれは彼らにとって日常茶飯事。ティーも怖がることなく、首を縦に振った。夕飯のための狩りをしに、彼らは魔女の住むウッドハウスを後にした。


 一方、魔女は手紙の解読に勤しんでいた。この世界では文章は横書きと決まっているが、この手紙の文章は「縦書き」だ。しかも文章の中に三種類も混合している。解読は難解を極めた。でも解読は魔女にとって生きがいだ。この世界の謎をほぼ解き明かし、賢者と言わしめた魔女にとっては、至福の時間だった。


「これは……ん。二枚目にも新しい文字が書かれているではないか!?これは一体何と言うのだ。いや、発音というか記号なのか?それとも…。」


 魔女は自室にあるありとあらゆる本を取り出して、難解な文章を解いていく。その中でようやく解読できた言葉は地名を表す言葉だった。そこは友人であるマグノリアという女性が転生した世界。


 ――日本である。


 解読を始めてから五時間が経過した頃、魔女はクタクタになりながらも必死に自分の部屋から這いずり出てきた。相当疲れたのか、ヨボヨボのお婆さんになり口から出る言葉は「水、水、水……。」それだけ。

 世界樹で狩りを終えた使い魔たちは、魔女の様子を見て「疲れ果てている魔女さんの姿初めてみた」と口を揃えていた。


「ようやくわかったよ。あのバカが何を私に伝えたかったのか。」


 一ℓの水を一気に飲みしながら、魔女は使い魔たちにいう。使い魔たちもこんなに水を一気飲みして平気なのかと心配になりながらも、彼女の声に耳を傾ける。


「あのバカが書いた内容はこうだよ。」


『こんにちは、私はマグノリアです。認知症になってしまって、記憶の保持ができないみたいなの。あなたのことを忘れないうちにもう一度あなたに会いたいわ。私が転生した場所は「日本」と呼ばれる国でね。ご飯が美味しいの。ぜひきてね。会えるのを楽しみにしているわ。』


「それだけ?」


 フクは翼を自身の口元に当てながら言う。そうこれだけ、たったこれだけ。これだけの文章に五時間もかけてしまったのだ。魔女は肩を揺らし怒りをあらわにしながら、力強く頷いた。最盛期に自分であれば一時間も掛からなかったのに、五時間って。もう悲しくて悔しくて仕方なかった。


「イクノ?」


 ティーは首を傾げながら、魔女の方を向き直り言った。普段ならこんなことを言わないような子なのに、ティーは大事な場面になると言ってくる。そんな子だ。


 ティーは魔女の頭を細長い指で撫でながら、再度こう言ってくる。


「…コウカイ、ダメ。」


  この手紙の主がマグノリアであれ、なかれ、本人に会わずに終わるのは絶対に後悔するとティーは言っているのだろう。この意見にフクも同意したようで、目を閉じながら笑ったような表情を浮かべている。

 もう腹は決まっているようだ。


「全く、自分もとんだビビりだよね。まさかあんたに背中を押されるとは。」


 頭をかきながら、少し照れくさそうにしている魔女。この言葉を聞いてティーは嬉しそうに跳んで跳ね回る。


「これッ!!」


 ティーのサイズは街路樹サイズ、それが世界樹の中で派手にジャンプすれば木々は揺れ、振動は響く。まるで地震が起きたかのように。

 グラングランと横に揺れ、魔女も魔法で抑えようと試みるが杖が手元にない。近くにあった木の根っこに捕まり、揺れが収まるのを待つしかなかった。


 するとフクの体が大きくなり、ティーを超える巨鳥へと変化する。魔女に目配せをしながら、フクが怒るといつもやるのをこれからやると魔女に教える。一瞬、手を離して耳を塞ぐ魔女。その準備が整うや否や、フクは大きな声をティーに向けて発した。


 「落ち着きなさああああああああああああああああああああいッ!!」


 ティーはコウモリなため、のどから超音波を出して耳でそれらの位置を確認する。ゆえに大きな音は弱点となる。

 大興奮した後はいつもフクがこれをして落ち着かせている。フク本来の姿は小さいままだが、自分自身に魔法を使って巨大化して静止する。そうしないとティーの暴走は止められない。


 「ふにゅううう」


 フクの大きな鳴き声で魔女もティーも伸びている中、フクは「全く、みんなこれだけで伸びてしまうのですから。もう少し慣れていただかないと。」


 いつもの定位置に留まり、魔女らが目覚めるまで少しの休憩をいただきつつ、彼女はゆっくりと瞼を閉じたのだった。
















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