絶対に行っちゃだめだ

『もしもし、先輩? 大変なことが分かりました。レストラン、絶対に行っちゃダメです。あの女の情報で追加があって、よくよく調べてみると——ピーーー』


 留守電は途中で切れていた。

 大事なところが抜けてるじゃないか。それにしても行っちゃダメとはどういうことだろう、何か分かっても直接会って話をすればいいじゃないか。なぜそこまで警戒するのか。俺は三木に電話をした。


『おかけになった電話は、電波の届かないところに……』


 何度かけても三木は出なかった。

 それどころか、翌日以降、三木は出社しなくなった。

 今までも突然電話に出なくなったり、海外に現実逃避した経歴があって、しょうがねえなあいつは、と同僚は呆れていたが、正直私は身の危険を感じていた。一番最後に会話をしたのは自分かもしれないからだ。


 それからも田淵は当たり前のように仕事をして、普通に過ごしている。とても私からは聞けない、あの彼女そして三木に関することについては。

 私は三木のデスクを調べることにした。何か失踪の手がかりがあるんじゃないかと。予想通りごちゃごちゃしていて、とても何か大事なものを探す気にはなれなかったが、一つだけ収穫はあった。


……これって、あの時の。


 田淵の彼女の情報を書いたメモだった。正直得体の知れないものとは縁を切りたかったが、これが三木の居場所を突き止めるヒントかも知れないと思い、辺りに気づかれないようポケットに入れ込んだ。すると、


「先輩」


 思わず俺はびくっとなった。


「なんだ、田淵か。驚かすなよ」

「どうしたんすか、三木の机を漁って」

「いや、この前貸してたUSBメモリー、持ってないかなと思って」


 田淵は無表情でその場に立ち尽くしていた。


「彼、ちょくよく家に来るんですよ。うちの優しい奥さんがうまく対応してくれるんで助かってますけど」


 え? 三木が田淵の家に?

 田淵はポケットからスマホを取り出した。そして写真を選ぶ。


「ほら」


 見せられた写真には田淵とあの彼女。それと三木が悔しそうに歯を食いしばる表情があった。


「昨日の写真です。どうやら僕が結婚することにかなりショックだったみたいで、もう会社なんか行かない! とか言ってましたよ。ほんとダメですね彼」


 先輩にもあげます、と言って田淵は私のスマホに画像を送ってくれた。

 なんだ、三木の単なるふてくされか。俺の考えすぎか。少し心の荷が降りたような気もしていた。


「それと先輩、僕転職することにしました。結婚資金も貯めないといけないし、運良く奥さんのお父さんのつてで、別の就職先が見つかったんで」

「それは良かったな」

「先輩にはお世話になりました、落ち着いたらまたうちの奥さんも含めて食事行きましょうね」

「そうだな」


 田淵と会話をしたのはそれが最後だったと覚えている。一週間以内に田淵は会社を辞め、俺の前から消えた。三木の変死体が甲羅側の河川敷で見つかったのは、田淵がいなくなった数日後だった。死亡推定時刻は、はっきりしないが、少なくともここ一週間以内ではないとのことだった。

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