陰キャは結婚することになった
https://kakuyomu.jp/users/k1sh/news/16817330658102180338
写真を見て驚いた。田淵のアパートなら行ったことがある。春には桜がきれいな甲羅川に面した古びたアパートで、確かに背景はその桜だった。あふれんばかりの桜の前に、先程の女性が立っていたのだ。
田淵は歯を食いしばりながら、手は震えていた。
「おい、三木。謝れよ」
「——まあ、なんていうの? 嫉妬だから。ごめんな」
田淵は何も言わなかった。せっかくできた彼女を疑われてさぞかし悔しかっただろう。彼女も彼を信じさせるために身をもってしたくもない写真を撮ったのだろう、他人に見られることを承知で。そのことを思うと胸が締め付けられた。
それから田淵のシャツはピチッとアイロンがかけられ、髪型も清潔になった。幾分声も大きくなった気もする。
「田淵、最近調子いいな。彼女のお陰か?」
頭をぽりぽりとかきながらうつむく田淵。
「先輩、それが……」
言葉に詰まる田淵。まさか——しかしどうも悲しそうではない。俺は田淵の言葉を待った。
「……今度結婚するっす」
思ってもみなかった言葉に、喉が詰まった。
「なんだ、良かったな!」
「そんなに簡単に喜んでいいんすか?」
三木だ。怪訝な表情を田淵にぶつけている。
「詐欺じゃないだろうな」
「ち、違うよ」
「じゃあ名前教えて、あと高校、中学校と生年月日も。俺知り合いにそっち系詳しい人いるから調べてあげる」
「おい三木、良い加減に……」
「いいよ」
田淵の表情は澄みきっていた。
「僕もちょっと心配だったんだ。あまりにうまく行きすぎてるなって。だってあれだけ美人が僕なんかでいいのか、正直まだ信じられないんだ」
しばらくうつむいてから、田淵はペンを走らせた。そして彼女の情報、生年月日と名前『満島ありす』と書いた紙を三木に渡した。
「是非調べて欲しい。それともし良かったら一緒に食事でも。先輩も来てください、先輩にも会いたいって言ってました」
それは本当か? 今でも間に合うのか、などという邪念が入り込まなかったわけでもない。
「おお、是非。いつにする?」
「じゃあ……」
俺たちはその場で日取りと場所を決めた。おしゃれなレストランのディナー、人数は4人で俺と三木、田淵と彼女だ。
ディナー当日。予想外の仕事が立て込み、目が回るような一日だった。ふとスマホを見てみると、三木からの留守電が入っていた。
「さっき運転中で取れなかったやつか」
俺は留守電を再生した。
『せんぱーい、残念なお知らせっす。あいつの彼女、ちゃんと実在してましたぁ。特に犯罪歴もなさそうって。くそ、先を越されたか〜今日のディナーで俺のこと好きになってくんないかなぁ ピー』
あいつ……。でもまあよかった、これで心からお祝いできる。俺は会場に向かった。
レストランでは田淵がもう先に着いていた。正直可愛い彼女を楽しみにしていたが、そこに姿は無かった。
「お待たせ、彼女さんは?」
「すんません、仕事で少し遅くなるみたいで。先に食べててくださいとのことでした」
「そうかそうか、三木は?」
「実は一時間くらい前に会ったんです。ちょっと遅れるかもって言ってました」
「しょうがねえな、あいつは。じゃあ今しか話せない話でもしとくか」
田淵は恥ずかしそうににこっと笑った。
その時だった。俺のスマホがブー、ブー、鳴った。嫌な予感がした。
「はいもしもし……」
気難しいお得意様が、怒っているとのことだった。今すぐ来て欲しいと会社からの連絡だった。場合によっては深夜までかかる可能性がある。せっかくなのに……
「先輩……?」
「すまん、今日難しいかも。今度改めてちゃんとお祝いするわ」
「そうっすか、分かりました。絶対ですよ」
ごめん、といって俺はレストランを去った。
お得意先の怒りは思ったほどではなく、1時間程度無駄話を聞いて、解決はした。本当にタイミングの悪いお得意先だと、思わずため息をついた。
「あれ? 留守電、さっき聞いたよな?」
三木からの留守電が新着と書いてあった。よく見てみると、留守電は2通あった。1通目の1時間後に別の留守電があった。ちょうど俺がレストランに着く一時間前だった。
なんだろう、嫌な予感を覚えながら、俺は2つ目の留守電を再生した。
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