メトロポリタン・フォトスタジオ

木沢 真流

陰キャの前に現れたとびきりの美人

 どこの職場にも大体モテないやつというのは一人くらいいて、みんな優しく接していながらも、自分はあいつよりはマシだと自分を納得させるのに役立っている。

 今回は同僚……いや元同僚の田淵の話だが、こいつも然りで髪はぼさぼさ、シャツはよれよれ。喋り方もおどおどした、いわゆる陰キャってやつだった。だが、勤務態度は真面目だったし、一緒に仕事をしたときも与えられた内容も必死に取り組むようなやつだった。


「先輩、田淵と組まされたんすか、ハズレくじっすね」


 俺の肩に馴れ馴れしく肘を乗せてきたのは、後輩の三木。


「べつに。田淵、仕事はしっかりやってるよ、ゆっくりだけど」

「はっきり言えばいいのに、できないやつだって」


 はっはっは、と大声で笑った。おいおい、近くにいたらどうすんだよ。


「でも知ってますかあいつ。彼女できたんだって」

「うそ、まじか」


 本心が出てしまった。なにせ女性と話すどころか、目すら合わせられない男だ。恋愛など無縁だと思っていた。


「本人から聞いたのか?」

「まあ、そんなとこっすね。昼休みにニヤニヤしてんなぁって思ったら、スマホで若い子の写真見てたんすよ。それで聞いたんです、『誰それ、推し?』って。そしたら」

「そしたら?」


 三木は缶コーヒーをぐびっと一口飲み干そうとして、ひっかかったようでゲホゲホさせた。俺は三木の背中をさすった。


「——すんません。そしたらはっきり言いましたよ、あいつ。『彼女です』って」


 へえ、と唸りながら、ちょっと嫉妬した。あいつでOKなら、自分でもいけるんじゃないか、とさえ思った。でも彼のささやかな幸せだ、応援したいと思った。


 俺は翌日、田淵に聞いてみた。


「なあ、彼女できたって本当か?」


 田淵は顔を赤らめた。


「ええ」

「写真ある?」


 すると恥ずかしそうにニキビの頬をぼりぼり掻きながらスマホを差し出した。現れたのは、アイドルでもやっていけそうなくらいの美人。白いキャミソールの女性がこっちを見てにっこりと笑っていた。


https://kakuyomu.jp/users/k1sh/news/16817330658102147878


「うそっ、めちゃくちゃかわいいじゃん。やるなぁ」


 俺が肩でどつくと田淵は照れながら頷いた。正直嫉妬した。ちょっと会ってみたい気もした。あわよくば自分になびいてくれないか、とも。それほど写真の女性は魅力的だった。


「でもさあ、まだわかんないっすよ」


 三木が横から入ってきた。


「何が?」

「いや、ただのネットの写真持ってきただけかもしれないっすよ?」

「お前よせって」


 田淵は苦笑いしながら、なんともやるせない表情を浮かべていた。三木はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「じゃあさ、田淵。お前ん家の前に桜の木があるだろ? あそこの前で白いすけすけの服着て立った写真見せてくれよ。それ見たら俺信じるわ」


 三木は口をへの字に曲げて田淵を見下した。


「田淵、こんなやつの話聞かなくてもいいぞ……」


 すると俺の話もそっちのけで、田淵は電話をかけ始めた。そして誰かと会話をしている。


「……うん、お願い。いいかな、じゃあ、よろしく」


 田淵は無表情でスマホをしばらくいじっていた。三木の表情から笑みが消えた。


「おい、田淵。何してんだよ」

「何って、お願いしたんだよ。言われた通りにするように」

「冗談に決まってんだろ? なに本気にしてんだよ」


 田淵のスマホがピロン、と音が鳴った。それからおもむろにその画面をこちらに見せてきた。

 

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