011 きょうの食(前)

 弱之肉、彊之食きょうのしょく


 魔獣は食べられるかの質問には流涎よだれをもって返された。

 しかも、美味しかったりもするらしい。

 森で摩法の鍛錬を兼ねて、食料確保のための狩りをするか。

 だが、今は姉弟が元に住んでいた村に行くべきだよな。

 だが、問題もある。行っても素直に悪かったと姉弟を受け入れるとも思えない。それなら幼子を無人の村に放り出したりしないだろう。

 だが、……


 頭は逆接の言葉が入り乱れるが、手は作業を進める。

 板金を木槌で叩いて丸めて、端をかしめていく。板金は木板に打ち付けてあったのをはがした。恐らく、それは作りかけの盾だったように思える。

 外側に革を張り付けて、バケツ状に縫い合わせていく。底の部分に丸く板金をはめ込む。丸く板金をかしめるのは手間がかかるし、危なくないように端部を含め外側を革で覆うつもりだし。ポンチで側面に穴を開けて、番線(太い針金)を二重の輪に加工したものをはめ込む。側面と底に革の持ち手をつければ完成だ。

 それを自分と姉弟の分の大小二つをこしらえた。

 作ったのは龕灯がんどうだ。江戸時代の携行用灯火具だが、中に置くのはロウソクではなくルコウセキだ。これなら、光に指向性を持たせられるし、反射光も利用できるので光量も増す。


 板金をはがされて、木の盾というよりも、ただの板になってしまったものが壁際に建て掛けられている。それは的のように見えた。

 無造作な立ち姿から、急に腕を前に突き出して、収束した気流を放ってみる。

 ふっとんで、3つに割れた。

 気分は西部劇のガンマンである。

 鉄の盾プレートシールドは、薪にクラスチェンジしたようだ。

「昨日、磨いてもらった円環も加工しておくか」

 気恥ずかしさをごまかすように声に出して、円周の3分の一くらいを平らに潰す。

 革の帯も少し幅に変化をつけて裁断する。丈夫そうな革紐もあさる。

「おっ、ガットがあるな」

 それはげん(ガット)ではなく、弓のつるであったが、素材は魔獣の腸線なので間違いでもなかった。


 移動の足をどうするかも問題だよな。

 姉弟はここに来るのに鳥車に乗せられたと言う。隣家のカレヴァという奴はすぐに帰ったというから日帰りできる距離だとしても、幼児に歩かせるには厳しすぎる距離だと思われる。

 かと言って、ここには輓獣ばんじゅう(荷車などを牽引する使役動物)どころか、家畜の一匹さえもいない。人に死を運ぶ魔獣はすぐ隣の森にいるようだが……。

 ちなみに村内には荷車が一台もない。移動に全部使ったのだろう。

 ラザロが引くにしても、荷車を作るのはさすがに骨が折れる。さて、どうするべきか。


「らじゃろー、みっけた」

 頼んでいた敷布のある家を見つけたようだ。

 ラザロは敷布を残した家は余裕のある家と考えて、姉弟に捜索をお願いしていた。村内の家屋は30棟ほどで、子供たちに遊び代わりに探索させれば、その時間を物作りに充てられる。

「ありがとー、さすがだ。よく、やっ…ん、しっ!」

 ラザロは両ひざをついて両手で姉弟の頭をわしゃわしゃしていたが、急に姉弟を抱え込み静かにするように求めた。

 何かいる。

 村の門から側面の柵際をこちらを探るように何かが動いている気配がする。

 作業所から該当の場所までは、幹線道路の幅くらいの距離があるが、その感覚は正しいのだろうか。

「何かが近づいている」

 ねいちゃは目を丸くし、弟くんは口を両手で塞ぐ。

「二人は家に帰って、戸を閉めて、じっとしているんだ。いいね」

 姉弟の家屋は森の側の外柵に近い場所にある。気配からは離れる方向だ。

 弟くんがラザロにしがみつく。

「いっしょにいるー」

 もう何が何でも離れない姿勢だ。

「ねえちゃが一緒だから、な」

「(い)やっ!」

 こんなことをしている場合ではない。無理に引きはがすことは可能だが、困り果てたラザロはねえちゃに助けを求める。

 が、そこでも、首を振られた。

「何か確かめてくるから、二人は家で待っていような」

「(い)やっ!」

 人か魔獣かは分からないが、どちらの場合でも先手はこちらで取りたい。

「じゃあ、おとなしくできるか。びっくりしても、大きな声を出したり、騒がないって約束できるか?」

「できりゅ」

 ほんとかよ。

 ラザロの後ろに姉弟がぴったりとついていく。

 カルガモ親子のお出かけのようだ。

 作業所の隣の鍛冶場に移動する。

 ここには初めて入る。何か武器に出来そうなものが残ってないだろうか。

 最初に探すべき場所だって?まだ、一日半だぞ。それに柵のある村の中にいるんだ。幼児の健康を優先するだろう。


 どんな外交でも背後に武力(あるいは財力)をちらつかせるのは暗黙の了解というやつだ。すべての交渉において、平等の観念は存在しない。

 丸腰の相手よりも帯刀した相手のほうが対等に付き合えると言うのは悲しいが現実だ。


 作業所のように作りかけとか整備中の何かとか目ぼしい物はないものか。

 例えば、保守メンテナンス中の槍だったり、研ぐ前の刃物だったり、ありはしないだろうか。

 そんな都合よくは運ばない。じっくり探せば、何かあるかも知れないが、ぱっと見た感じでは見当たらない。

「ないよりはマシか」

 何に使っていたのは分からないが、一尺半ほどの長さのすりこぎ棒を装備する。

 炉の近くには穴の開いた鍋がいくつか転がっている。

 姉弟にそれを被らせた。ここに鍋の蓋があれば装備してしまいそうだ。自分でも笑える。鉄の盾プレートシールドを解体するんじゃなかった。

 革袋に入っていたのは鉄粉か。鍋の穴の補修に使っていたのだろうか。


 長袖の生成りのポロシャツの上に外套をはおる。実はこの外套は、ジッパーの外に金物がついていて耐火性能もある優れものだったりする。(現在の消防服はマジックテープになっているが)下は青のジーンズで、足元は登山靴トレッキングシューズだ。

 気配は村の側柵を回り込んで、今は外畑にいるようだ。森とは反対側になり、村の居住部の外柵では一番脆弱な部分になる。

 村では主食となる芋類を柵内で育て、根菜に葉物野菜や飼料などは柵外で栽培していた。もちろん、外部の畑の外周にも柵はあるが、高さも低く余り頑丈とは言えない出来だった。


 家の陰を伝ってそろそろと進み、気配の主を探る。

 いた。

 畑をほじくり返している。

 人ではなかった。四つ足の動物だ。

 大きさは比較物に乏しいので判断しずらいが、体長が1mを越えるぐらいで、外見はどこか見覚えのあるフォルム

 お客さん所有の山小屋ロッジに誘われて、罠にかかったそれの解体に強制参加させられた記憶が……。

泥猪どろいだ!」



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