009 摩力(前)

 姉弟に洗濯した上着を着せて、寝室に移動する。寝台に上げる時に二人の足裏を拭くことを忘れない。レジ袋は濃い黒の床・行きになった。

 寝台は二つあった。が、掛布団はなかった。最初からなかったのか、持ち出されたのか。

 夜の気温がどのくらい下がるのかは分からないが、温かくしておくに越したことはない。星を見て過ごした昨晩の経験や、姉弟が着の身のままに過ごしてこれたことからも、大丈夫だとは思うが。


 姉弟の腹囲や太もも廻り、腰丈などに紐をあてて測りながら、記録にとっていく。

 それと、タオルで足を巻いて筒状の大きさも測る。

 作るのはパンツと靴下だ。パンツには多鎖のノースリーブの下着を裁断する。半袖の下着は残り1枚しかないし、今、着させている灰色の無地と違って、馬にsurpriseと描かれた柄物だ。

 手はパイル生地のタオルを筒状に縫製し、足首の部分でV字に切り込みを入れて縫い合わせ、つま先と踵を端布で補強していくが、頭で考えることはその作業を照らしてくれるルコウセキのことだ。


 自分にも摩力がある。

 摩法という超常の力が使えるかもしれない。おじさんでもワクワクしないではいられない。

 が、僕に使えるのは“風”の力らしい。

 天啓が降りてきたと言うか、最初から知っていたと言うか、忘れていたとも違う、なんか変な記憶だ。

 火、土、水、風と気からなる四天の力。

 気は意志と置き換えても良い。または、育成や保護として捉えると分かりやすい。

 気(名)①変化、流動する自然現象。または、その自然現象を起こす本体

 ②万物を生育する天地の精。天地にみなぎっている元気

 ③空気。大気。Etc

 術は摩術回廊のある“手”からしか発動しないようだ。




「また、なにかちゅくってる」

 弟くんが興味を示している。それと多鎖の寝台に移りたがっているようにも見える。

 推考も手芸も止めて、姉弟の寝台に腰掛ける。

 おっと、さすがに首のハンカチチーフは外したほうがいいな。

 二人の頭を、背中を撫でて、子守唄は知らないので、携帯に保存してあるヒーリング音楽をかける。

 何もない村で、二人きりで過ごしてきたのだ。さぞや、心細かっただろう。

「おじさんは目が覚めてもここに居るから、安心してお休み……」


      ***


 多鎖たぐさり 良座郎りょうじろうは幼子たちを成り行きで助けた。いや、これからは姉弟に名乗ったとおりにラザロと書くことにしよう。

 結果、幼子たちはラザロを好きになったと……簡単には行かない。

 まだ、幼子たちはラザロに一歩引いた姿勢を見せている。もっと端的に言えば警戒している。

 悲しいことに、大人に対して、そう思うだけの経験をしたということだ。

 が一方、頼りたいという気持ちも働いているのが伝わってくる。


 助けてもらったんだから無条件で好きになれよと言うのは身勝手なことだ。

 ラザロが幼子たちを助けたのは、ちょっとした気まぐれだったかも知れない。特に彼が子供好きという訳でもなかった。

 しかし、人と言うのは不思議なものだ。

 人と言うのは、自分の行動に理由を求めてしまうものらしい。

「どうして私はあの時、あんなことをしてしまったのだろう。

 そうか、なるほど、自分は子供が好きだったのか」

 以上のことを頭の中で考えて結論を出した訳ではない。

 自分の行動を肯定するための理由を、最初から持っていたかのように錯覚してしまうのが、人という不思議な生き物だ。


      ◇◇◇


 まだ少し薄暗い中、室内が騒がしい。

 どうやら、ジェイドくんがトイレに行きたいらしい。

 が、村の共同便所は暗くて怖いと。いつもはルコウセキ持参だったようだ。その石はラザロが間違えて裁縫箱にしまい寝てしまったので見つからない。

 ねえちゃアンジュはオマルにしろとせっついているがそれも嫌だと抵抗している。まあ、恥ずかしい気持ちも芽生えてくる年頃なのだろう。

 と、のんびり構えてもいられない。

「よし、全員でトイレに行くぞぉー」

 姉弟を抱えて、薄暗い中を駆ける。

 三人でさっぱりして水場で手を洗っていると、夜が明けてきた。


「そう言えば、二人は歯磨きはどうしてたんだ?

 ちょっと、いーってして、ごらん」

 ちっちゃい歯だな。見た感じは虫歯などはなさそうだ。

 薬箱を出す。

 昨日一日で何度も出したためか、姉弟が過剰な反応を示さなくなってきた。

 逆にいろいろなものが出てきたので、興味が湧いてきた様子を見せる。

「あった……」

 処分したつもりだったのだが、何故か文具のところに入っていた。別れた彼女の「やわらかめ」「小さめ」の歯ブラシの3本セットの残り2本が……。我ながら、未練がましい。自分の分は旅行用ポーチの中に入っていたのを使う。

 歯ブラシを見せても、キョトンとしている。

 歯磨きの習慣はだいぶ昔まで遡れるようだが、日本で歯ブラシが広まったのは明治の中頃らしい。

 やってみせ、やらせてみせて。みんなでやれば、こんなことでも楽しめる。

「ぐじゅぐじゅ、ぺっ。うまいなー上手にできてるぞー」

「すーすーするぅー」

 そして、ほめてみせ…だな。

 まあ、歯磨きの泡を飲み込まないように教えるのが大変だったな。

 顔も洗わせて、さっぱりとしたところで朝食だ。と、その前に履物を回収するか。いつまでも抱えて歩くのは、さすがにつらい。


 直パンは、ラザロの矜持が許さない。

 パンツをはかせて、その上に短パンをはき直させる。パンツは前開きのボタン式にした。ねえちゃも同じだ。ちょっと、ボタン締めに戸惑っていたが、そこは慣れだろう。ちなみに元々はいていた短パンはトグルボタン(ダッフルコートによくついてるやつだ)だった。前開きの部分をだいぶ重ねて脇腹で留めてた。

 上下の下着は、灰色だが色味も揃って良い感じに出来た。尤も、半袖下着の丈のためにパンツはほぼ見えないが……。

 弟くんの足裏の裂傷を確認する。大丈夫そうだ。傷口はふさがっている。だが、今日一日は念のために包帯を巻きなおす。

 靴下をはかせ、履物もはかせた。少しアキレス腱にかかっている部分をハサミで切る。

「良し、いい感じだ」

 我ながら、良く作ったと思う。


 朝食は昨日と同じく、焼鳥風味のポリッジだ。それにフルーツポンチ缶をつける。

 えっ、グラノーラにすれば一皿で済むだって?ラザロ的には甘いオートミール粥は無しだと思っている。

 空き缶はしっかりと“黒の裂け目”の資源回収リサイクル部に放り込んでいるが今のところ変化はない。几帳面なラザロは下着の残骸などもそこに処分している。

「食べたら、外で遊んできていいぞ」

 その間にラザロは姉弟が居ついた家屋の敷布2枚と村長宅の厚手の敷布2枚を洗濯する。

 水路際の共同の水場には、壺に灰がためられていた。恐らくは洗濯に使っていたのだろうが、なんか逆に汚れそうな気がする。

 湯を沸かす。が、今回は火種を持ってきていない。

 そのあたりの雑草の枯草をつまんで、瞬時に摩力を込めて握り込み、手のひらを下に開く。

「出来た……すごいな、摩力」

 火種が落ちた。木屑が燃える。薪に移した。

 原理は圧気発火具ファイヤーピストンと同じだ。空気を圧縮して、発火点まで高温にしただけだ。だいたい空気を1/10まで圧縮すれば、発火点に到達する。

 敷布をぬるま湯で洗い干した後は、姉弟の住んでいた村に行くための準備と思っていたのだが、この力の検証の方が先のようだ。

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