008 薬箱(後)

 1段目/MDF木質繊維成型板で枡目状に仕切られた上に半透明のPPシートの蓋で分けている

 上)ハンカチチーフ、ポケットティシュ、裁縫箱、T字I字のカミソリ、他

 下)ネクタイ、ピン止め・カフスなどの小物、趣味の懐中時計、他

 2段目/タオルがたくさん

 3段目/下着類、5本指靴下、軍手

 4-5段目/非常食

 6段目/文具、工具、作業着1着

 7段目/薬品類



 次は履物づくりだ。むろん、経験などない。むしろ、ある方が不思議だろう。

 しかし、つまみ上げて見て、なんの残骸か分からないような物を履かせておくよりはマシというものだ。

 洗濯している間も、足の届かない椅子に座らせていたが、足を楽し気にブラブラさせて今にも“とぉー”と飛び降りそうな雰囲気を出していた。


 干し台に掛けていた外套をはおり、姉弟を抱えて、村長の家で寝具の敷布をはぎ取り、そして、作業所に向かう。

 他の家には敷布がなかった。持って行ったと思われる。村長の家の敷布は厚手だったし、その下に大量のヘチマたわし(外柵の内側にツタが張っていた)が敷き詰められていた。

 身近な生活用品に、鉄製品や布製品など容易に手に入らなそうな物から、持ち出したようだ。それらが残っている家屋は、それらの予備があったということだろう。


 正面が開放された作業所には木板や皮革が積んであった。隣には鍛冶場が付属している。

 作業台の半分に敷布を敷いて、姉弟を座らせる。


 予想できたことだが、まともな工具は持ち去られている。

 片刃の折り畳み式の鋸を出すために、薬箱を思う。姉弟は黒い裂け目が現れる度に、びくっとしていた。確かに見た感じの印象が悪すぎる。

 見た目と言えば、チェストの見た目も少し変化していた。

 天板の上の折り畳み傘などが消えて、四隅に小指ほどの枝が立ち、それらの間に組紐…いや、注連縄のようなものが渡されていた。

 触れるとそこが祭壇であることが伝わってくる。折り畳み傘などは奉納されてしまったということだろう。引き出しに整頓しておけば良かった。

 また、チェストの右横の床の濃い黒の部分が資源回収リサイクルで、左側のわずかな隙間が一時的な物置となっていることが理解できた。外套をそこに置く。

 ついでに、ハンカチチーフを取り出して、自分と姉弟の口鼻をおおった。


 気を取り直して、壁際に避けてあった端材から、12mmくらいの厚さの物を選び、姉弟の足型に合わせて取り出した鋸で切断していく。

 指の付け根の部分を金づちで叩いて、帯状に少し凹ませる。やすりでバリもとった。

 柔らかい革と、硬い皮を新品のキッチンはさみで切断する。カニの甲羅も切断する品だ。皮革程度は楽に切れる。

 最初は何事かと興味を持って見ていた姉弟だが、このあたりで飽きが来たようだ。そわそわし始めた。

 足の甲の部分の帯の長さを測るために、二人の足にあてる。ついでに足の裏をくすぐってみる。

 きゃっきゃと笑ってくれた。スキンシップはこんな感じでいいのだろうか。独身のおじさんには正解が分からない。


 だが、間が持ったのは、その時だけだった。作業に戻れば、作業台から裸足の二人が降りたそうにしている。

「ちょっと手伝ってもらっていいか?」

 何の用途に使ったのかは分からないが、恐らく鉄製の円環が作業所のところどころに落ちている。直径40mmくらいのを数個ほど拾って、ぼろ布で磨いてくれないかとお願いする。

 少し錆の浮いているそれは、少し磨いてみせると綺麗になった。

 それを見た二人は目を輝かせる。熱心にこすり始めた。


 木板を皮革を接着させるために、ニカワを探す。木工用ボンドはあるが、あるならニカワの方がいい。

 棚の壺にそれらしきものを見つける。棚もいくつか場所が空いている。持ち去られた形跡がある。

 水を足して火にかけてみれば、それらしき粘り気を見せる。どうやら当たりらしい。

 硬い皮を土踏まずの前後に分けて板に接着し、凹ませた部分に帯をあてて柔らかい内革で挟んで、釘を打つ。建築に使いそうな大きさの釘はなかったが、細かいのは少し残されていた。共有の部分は持ち出しもおざなりになりそうだが、どうなのだろうか。

 つま先と踵の側面にも皮をたてて、接着した後に、補強のために釘で留めていった。

 作業を終えて視線を上げれば、姉弟が鼻を押さえて作業台の端に寄っていた。

 確かに、にかわは臭いよな……どおりで静かなはずだ。


 姉弟の分を作り終えて、慣れない作業に時間もった。

 陽が暮れないうちに夕食としよう。

 乾燥の為に、新作履物はその場に放置する。


 家に戻る前に村の門扉に寄る。

 そう言えば、戸締りをしていなかった。他に村人がいないのなら、閂を閉めても良いだろう。

 洗濯物も回収しなければ、もう乾いているはずだ。


 夕食はパスタだ。レトルトのミートソースは2人前で都合がよい。

 少し多めに姉弟に分ける。運動量が少なくなったためか、僕の分は半把で良い。炭水化物と脂質はすぐに体形に反映されるのだ。

 フォークが見当たらないので、プラ製のフォークを出した。

 あと、具なしの味噌汁を用意した。

 畑に実りはなく、保存食も見当たらない。そんなところに幼子を放置できることが信じられない。

 この家屋の庭に葉っぱが生えていたが、それは苦いらしい。幼児が実食済みだ。

 この家屋の元の住人は薬師だ。彼女は村民の引越が決まった時から、自家薬草園からできるだけ採取し、まだ時期が早かったり毒性を持ったりするような草種は抜いて焼却するような気配りをする人だった。ちなみに隣村の薬師つながりで姉弟の母親とも薬種や情報を交換しあう仲でもあった。


 麺類を初めて見たのか。

 それとも、黒の裂け目から出た食材に、まだ警戒しているのか。

 幼児二人は多鎖が食べ始めるのをじっと見ている。

 フォークでパスタを巻く。具なしの味噌汁をカップでいただく。

 ちなみにミートソースなので前掛けかわりにタオルを首元に挟んでいる。

 姉弟のお気に入りになったハンカチチーフは今も首に巻かれている。外そうとしたら哀しい顔をされた。お歳暮などの贈答品なので、それらはブランド物だ。子供心にもきれいに見えたのだろう。

 それらにトマト染みが出来たら、大騒ぎになるのは間違いない。


 観察して安心したのか。食べ始めると勢いがすごい。

 だが、巻きが甘いのか、大口を開けたところに、麺がちゅるりと逃げる。やっぱり、ソースがはねた。

 そうした様子を眺める食事は楽しい。

 失敗しても再挑戦するのが良い。手づかみにいかないのは、親がきちんと教えたからだと思える。多鎖の中で親による虐待の線は薄くなっていた。


 食事を終えた姉弟が室内をぺたぺたと歩く。

 ちなみに家屋内も土足のようだ。玄関もかまちなどの区別がなかったし、下駄箱などのそれらしき設備もなかった。

 一応、作業所から帰ってきた後に、寝台の敷布をはがして外で埃を落として戻し、床は掃き掃除を済ませている。

 陽も陰ってきた。

 もう出来ることはないかと思案していると、ねいちゃが薄っぺらい小石をどこからか持ってきて卓において手をかざした。

 すると、それらが淡く光り始めた。

「リュコウシェキ!」

 弟くんがこちらに振り返って自慢げに言うが、ねえちゃにルコウセキと訂正されていた。

(流桁石はそれなりに高価なものなので、この家屋に残されていたのか予備があったのか定かではないが、薬師の家だったからと思われる)

 摩力を充てられると光る性質があるらしい。

「摩力!僕もやって見て、いいかい?」

 左手を充てると、それは勢いよく光を放つ。

 どうやら、多鎖にも摩力があるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る