006 無人(後)
姉弟は今いる場所とは違う村で両親と生活していたようだ。
ある日、両親が「すぐに帰ってくるから」と出かけていなくなった数日後に、隣家のカレヴァおじさんにこの場所に連れてこられたらしい。
「じぇい坊たちの父親が隣村の村長になったから、ここで帰りを待ってるんだぞ」
そう言って、二人をこの村に置き去りにして戻っていった。
姉弟はそれを信じて彼らの他に誰もいないこの場所で、二人で生活していたと……。
この家に居ついていたのは、庭に両親と住んでいた家とおなじような菜園があったから。
庭に出れば、確かに“葉っぱ”が生えていた。(本当は“葉っぱ”じゃなくて、薬草です。母親は薬師なので)
なんだそれ。
なんなんだよ。
それじゃ何か、この子たちは、ただ寂しくて、両親のことを感じさせる何かが欲しくて、ここに居たということだろ!
両親に何があったかは分からないが、そのカレヴァって奴に騙されて、ここに連れてこられたってことだろ!
フザケルナ!
[魔導回廊、起動]
「「ひゃっ」」
姉弟がびっくりして多鎖の太ももにしがみつく。
生前?でも、木枯らしや春一番などの風に巻かれることが多かった彼だが、それとは明らかに違った。
多鎖を中心にして、彼の意志が伝わったかのように大気が猛威を振るう。
多鎖は熱くなった鼓動をなんとか鎮めると、閉じていた瞳を開く。
舞っていた風が霧散する。
「ちょっと待ってろな」
情報だ。状況を調べる。何か残っているはずだ。
[魔導回廊、初期動作確認中……
多鎖は表に出て、周囲を見渡して、一番大きな家屋に目をつけた。
こんな場所だ。一番に力のある人物――例えば、村長や名主だ――の家は一番に大きいに違いない。
姉弟の状況に、この村に人がいない理由、異常が近くに二つあるなら、それそれが無関係だとは思えない。
村内の小屋はすべてが平屋だ。敷地があるなら、2階建てにするよりも経費も施工期間も圧縮できるのだから、当然だろう。
その家は棟数が大きく、家畜小屋らしき棟もあった。
「入るぞ」
それまでの威勢そのままに、戸口を開ける。断りの挨拶など不要に思えるが、そこは自然と口について出た。
室内は見るからに雑然としている。
荒らされたと言うか、物を選んでいたと言う感じだ。乱雑にだが元に戻されたような場所もあるので、強盗と言うよりも整理する間もなかったと言うところか。
しかし、それらを見ても鑑識の専門家でもない限り、それ以上のことは素人には見いだせない。
素人にも目に見えて分かるもの、それは文字だ。なにがしかの書類や書付などがないか、屋内を捜索する。
他とは趣きの違う部屋があった。卓ではなく、机があって、壁際に棚が配列されている部屋だ。
「当たりだな」
棚の際の壺の横に光るものを見つけた。
硬貨だ。茶色がかった金色だったが、指ですり合わせれば光沢が現れた。見たことのないデザインだ。尤も、世界中に何種類の硬貨があるかは知らないが、とんでもない総数になるのは分かる。(国際通貨だけでも、180種類以上あります。これらが金額の多寡と古銭などを持つと考えると……)
「……ドラクエかよ」
そっと、ポッケないないした。村長の代理の代理による税の徴収なら問題ないだろ。
真面目に探し物の続きをする。
やっぱり、机の引き出しだろ。一番上の引き出しが鍵付きになっている。机上のペン立てに差さっていたペーパーナイフらしきものを隙間につっこんで、こじあける。
ばきっ。
引き出しが開くと同時に小刀も折れた。わずかに視線を向けたが、気にすることなく放り投げる。
そこには書簡の類が収められていた。
手がかりになりそうな書簡は二つあった。
一つ目は、領主からと見られる物で、民兵の召集令状だ。割り当てや期限などが書かれている。
二つ目は、隣村の村長からだ。要約すると、開拓民が減って互いに存続が難しいから、こちらに合流しろと。領主には、召集された家の財を充てるから、人員の選択を調整しろとある。文面から、両者は親類なのだと分かる。
「なるほどな」
姉弟らの家族はこいつらの思惑の犠牲になったという事か。
書簡をボディバッグにしまう。大事な証拠だ。
すべてを取り戻した上で、二人がこうむった損害も補填しないとなぁー。
[良い感じだね。“反魂”の調整はうまくできてる。言葉の認識も問題ないようだ。
その意のままに喰らえ、そして、輪廻に還すのだ!我が殺戮の
近くの家屋も覗いてみた。
目ぼしいものはなにもない。家畜がいた形跡はあるが、それも連れ去ったようだ。
小銭は落ちてたな。よほど慌てていたのか、それとも、急かされたのかは分からないが。
村内の作物もきれいに収穫してある。森と反対側の柵外にも農地が広げてあるようだが、青々とした感じではなかった。
どのように取り返すか思案しながら、姉弟への元に帰る。
「まずは足だな」
幼児の足では村から村への移動は難しいだろう。多鎖が道中ずっと抱えて歩くのも現実的ではない。
姉弟の姿が見える。
お姉ちゃんが畑に降りて、弟くんが畔から見ている。
ねいちゃは葉野菜?を収穫していた。
「僕はバカか」
分かるだろうか。
ねいちゃは収穫された後の畑に廃棄された葉野菜の一番外側の部分を採取していたのだ。硬く、そして、半分腐ったようなそれを、だ。
食べるために。
生きるために。
最初の出会いの様子や、村の状況を見れば、一番に気付かなければいけなかった。
「ごめん。ごめんな。なんとか、するから。大丈夫だから」
駆け寄って、抱き締めることしか出来ない。
いや、抱き着くの間違いか。弟くんに頭撫でられてるし、これじゃあ、どちらが保護者か分からない。
なんて僕は無力で無能なんだ。
だが、一方で食事と聞いて、自身にも時間制限があることに気付く自分もいた。
食事ごとの薬だ。
脳梗塞の薬を服用しなければ、それぞれの障害の症状を抑えきれなくなる。延髄部位の再発のリスクは少ないとのことだが、それも血圧などが制御されているという前提の上に立っている。
抱き締められて動けない姉弟の目が大きく開かれる。
多鎖のすぐ横の空間が黒く裂けようとしていた。
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