004 天の川

 ぼーっと、ただただ何も考えることもなく、暗い空を見上げていた。

 自分は死んだはずだ。

 手も足も――疾病しっぺいの違和感そのままに――変わりなく動く。

 服装も変わらず、背のボディバッグもそのままで、なんなら自分の首を裂いた万能包丁も手に握っていた。

 首の傷はない。噴き出した血のぬめりもない。もし渇いたのだとすれば、恐らく服がごわごわしているだろう。

 流れる水の音も変わらない。

 ただ、居る場所は明らかに違う。

 それは闇夜のわずかな星明りの中でも分かる。

 高架下ではない。

 頭の下にあるのは露根ろこんだ。

 多鎖たぐさり 良座郎りょうじろうは、樹の根を枕に横たわっていた。

「死後の世界と言うのは美しいのだな」

 星が瞬き、月が照らし、天の川が流れている。

 月は現世よりも少し小さいように感じるし、天の川は流れている。

 そう、流れている。動いているのだ。

 天の川は帯状の微光星の群れが天球上にて川のように見えることからそう称したのであって目視で流れるのが確認できるような光景ではない。

 しかも、星よりも低く感じる。

 手に取れそうだ。(無理だけど)

 場所的に、死者の魂でも流れているのだろうか。(間違いではなかった)

 多鎖は、そこが死後の世界だと疑わない。(……たくない)


 多鎖は飽きずに天の川の流れを見ていた。

 すべてを終えたのだ。

 解放感に満たされていた。(感傷に浸る)


 が、刻が過ぎれば、空が色を変える。紫から橙に、そして、白み始める。

 星が消え、太陽が姿を見せる。

 気温が上がり、草の匂いが立ち込める。

 生き物の気配も目覚め始めた。(暗い時にも鳴き声とか聞こえたのは気のせいってことにしていたな)

 川の音も遠いし、ちょっとリズムが違うとも思ってた。


 近くでコソコソする音もする。

「何をしちぇるの」

「しっ、見つかっちゃうでしょ」


 多鎖はため息をついた。

 身を起こして、樹の幹に背をつける。

 ボディバッグからタオルを取り出し、万能包丁に巻いて仕舞った。

 代わりにスモークチーズとサブレを取り出す。

 バッグのなかには、チタン製のスキットルも入っている。

 末期の酒というやつだ。結局は飲まなかったが。

 包装を切り、サブレを割って、口に放り込む。

 うまい。

 この感覚で“お前はもう死んでる”とか言われたら爆笑するしかない。(サブレを持ってアベシとか返すか。きゃー誰かツッコミをプリーズ)

 手にしたチーズとサブレを振って誘う。(事案かな……)

「おいで」

 さてと、どうしたものか。


      ◇


 今日も食べ物を探しに、幼い姉弟が森に行く。

 探せるのは、魔獣があまり動かない朝のちょっとの間だけだ。

 後から、ぴょこぴょこと弟がついてくる。

 少し、待つ。

 昨日、足を怪我したせいか歩くのも大変だ。

「ねえちゃ」

 あたしに追いついた弟がにぱーと笑う。

 誰もいない村に一人で置いておくのは、弟も不安がるし、あたしも心配だ。

「じぇいはねいちゃの後ろをついてきて」

 森に着いて、食べ物を探す。木に生っているのは届かないから、探すのは地面に落ちている物だ。

 ジェイドは何を探していいか、まだ判らないから持つ係だ。

「ねえちゃ、だれかいる。あしょこー」

 弟が口にくわえていた指を離して、指す。

 下ばかり見ていて気付かなかった。(存在が希薄だ)

「よく気付いたね。ありがとー」

 小さいお母さんになり切る。

 頭を撫でれば、えへへと笑う。

 大人は信用できない。

「だぁれかな」

 冒険者かも知れない。森で魔獣を狩る人たちだ。

「一人みたい」

 彼らなら、複数でいるはずだ。だったら、狩人かも?

 どっちでも、狩る前に森の入口で休憩はしないから、帰えるところのはずだ。

 獲物は狩れたのだろうか。

 近くの川で解体するかも?余った残りが拾える知れない!

「しんじぇる?」

 死んでるなら、食べ物はもういらないよね。

「寝てるみたい」

「あっ、おきちゃ」

 しゃがんでいた弟が立ち上がる。

 ジェイドの頭を押さえる。見つからないように。

「なにをしちぇるの」

「しっ、見つかっちゃうでしょ」

 背負い袋から何かを取り出して食べている。

 ゴクっ。喉がなったのは、自分か弟か。

「おいで」

 男の誘いに、ジェイドが飛び出してしまった。

「あっ、じぇい。ダメっ」


      ◇


 膝にのりかかるようにして幼子がサブレを食べている。

「じぇいを離して」

 この子のお姉ちゃんだろうか。小さい刃物をこちらに向けている。

 それよりもずっと大きな包丁で自分の首を刺したばかりで、そんなのを向けられても……ねぇ?。

「大丈夫、心配しないで。お姉ちゃんも、こっちにおいで」

 幼子らは服も身体も汚れ放題だ。

 親御さんは何をしてるんだ?心の中で眉をひそめる。

「ねえちゃ、おいちぃよ」

 男の子の頭を撫でる。ベタベタしている。

 ネグレクトだろうか。子を持たなかった多鎖に何かを言う資格はないかもしれないが、イラッとはする。

「お姉ちゃんの分もあるよ。飲み物は水しかないけど……」

 ペットボトルの水を出す。スキットルという訳にはいかんし。

 野良猫ばりの警戒心で近づいてくるなぁ。シャーとか言われそうだ。

 包装から出したサブレを手のひらにのせたままで姉に向けて、視線は弟くんを撫でる手に置く。

 ほらっ、怖くない。

「あっ、甘い」

 ほっ。まぁ、粗目糖ザラメがふってあるからね。

「こっちもお食べ。水はそれしかないから、お姉ちゃんと半分こ、な」

 多鎖はスモークチーズをさし出す。

 弟くんはにぱぁと、ペットボトルをさし出す。

 それを見て、ようやくにお姉ちゃんも小さい刃物を鞘に仕舞った。


 4枚ずつに小分けされたサブレが4個に、スモークチーズが一袋だ。大した量じゃない。

 それでも幼子たちは食べることに必死になっている。

 お姉ちゃんはサブレを2枚だけ食べて、残りを隠した。

 そわそわしているのは、食べないなら返せと言われないかと心配しているのかな。

 森のほうをちらちらと気にする素振りはごまかしているつもりなのだろうか。

 大丈夫だよ。取り上げたりしないから。

「さてと、取り合えず、二人をおうちに送っていこうかな」

 やっぱり、親御さんの顔を見させてもらって、後は警察と児童福祉施設に通報だな。

 あるよな。ちなみに携帯は圏外だった。

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