第18話 芦花

警察の応援が来たのは一時間以上後だった。

ボンドのはがし液を大量に見つけるのに時間がかかってしまったという。

その間、芦花を含め警察官一同は山城の間の床に固定されていた。


「やっと、動けるわね」

「遅くなってしまい申し訳ありません」


警官の一人が、芦花を床からはがしながら謝る。

警察は自分達ではがし液を発注しようとしていた。

しかし、山城の間の床全てにはがし液をかけないといけないのでかなりの量になる。

そんなものすぐには用意できない。

美術館に問い合わせたところ、イブキトラノオが予め大量のはがし液を購入していて、美術館で管理しているとのことだった。

警察は美術館からはがし液をもらったようだ。

イブキトラノオが抜け目ないというか、警察が情けないというか。


「まぁ、でもイブキトラノオもあの倉庫部屋から抜け出せないでしょ」


倉庫部屋は袋小路。

窓は高い位置にあって、手が届くはずもない。

何も無い部屋でイブキトラノオはじっとするしかなかったはず。


ビニールシートを使って三人の警察官が山城の間を進む。

そして倉庫部屋の前へ辿り着く。

扉を開けて部屋に入る。

程なく、芦花に報告が入る。


「イブキトラノオはいません!」

「は?」


芦花は頓狂な声を上げた。




「しかし、無駄に頑張っちゃったわね」


伊緒と芦花は二人で風呂場にいた。

伊緒は芦花の髪をはがし液やコンディショナーで丁寧に洗う。

べたつきがなかなかとれない。


「無駄とか言わないでよ。それなりに惜しかったじゃない」


芦花は負け惜しみを口にする。

イブキトラノオの芸盗ショーの日の夜。

後片付けやらなにやらで芦花が帰宅すると、伊緒は既に帰っていた。

伊緒はにやにやと嬉しそうに芦花の帰宅を迎えた。


「惜しくないわよ。そもそも、床に細工がしてあったことにすら気付かなかったじゃない」


伊緒は芦花を含め警察を馬鹿にする。



「気付かないわよ。何回も歩いたけれど、何の不自然さも無かったわよ。あのボンドの床はいつから設置していたの?」

「予告状を出す2日前だね。美術館の人にも手伝ってもらって敷いたんだよ。ちゃんと天気予報を見てずっと晴れる期間を狙ったんだ。雨の日に重なるとまずかった。一般客の濡れた足でシートを踏んじゃうとボンドが出てきてくっついちゃうからね。天気予報を見て一週間以上は雨が降らない日を探すのが大変だったよ」

「盗みに入る直前にでも仕掛ければ良いじゃない?」

「そうしたら美術館の入場者増加に貢献出来ないじゃない。美術館の人が言っていたけれど、この一週間はイブキトラノオのおかげで1万人も来場者が増えたみたいね」


さすが日本を代表するエンターテイナーだ。

集客力の桁が違う。



「そういえば発煙筒なんて隠していたのね。そっちにも気付かなかったわ」

「あれは気付けないと思うわよ。見た目は消火器だし」

「消火器?」

「山城の間には消火器が4つ置いてあったと思うけれど、あれを全部発煙筒とすり替えておいたの。

遠隔操作できるから、こちらからボタン1つで煙をだせるわ」

「随分とハイテクな物を使ったわね」

「お値段1本20万円!」

「高いわね」

「ちなみに床のボンドとシートで合計100万円はかかった」

「よくそんなトリックを良く思いついたわね」

「盗賊の家で生まれて育っているからね。盗みに入る方法、警察から逃げる方法、まだまだいっぱい隠し持っているんだよ」


伊緒は鼻高々に語る。

身体を洗い終わった二人は湯船に浸かる。


「それで、追ってくる警察官を足止め出来たと」

「芦花に追いつかれたのはびっくりだったけどね。よくわたしの踏んだ場所だけ踏んで追って来られたね。わたしの算段ではあのまま楽に盗み通せると思っていたんだけど」

「まぁ、それくらいは頑張らないとね。伊緒が倉庫部屋に逃げ込んだ時は、勝ったと思ったわ」

「そうなんだ。わたしは最初からあの倉庫部屋から逃げることも考えていたわよ」

「いや、そうよ! なんであの部屋に踏み台があるのよ!」


芦花が身体のボンドをはがし倉庫部屋を見たとき、中にイブキトラノオはいなかった。

何も無いはずの倉庫部屋になぜか踏み台があって、イブキトラノオは窓から逃げていた。


「こんなこともあろうかと、ポケットに水で膨らむ踏み台を用意していたのよ」


伊緒は芦花に白い固まりを見せた。


「何よそれ?」

「吸水性ポリマーっていう材質よ。水を吸って膨らむの。今回使ったものは50センチ四方の立方体になるわ。それを3つ使って足場にしたの」


それで高い窓まで届いたわけね。


「よくそんなものを持って行ったわね」

「まぁ、このルートで逃げることも考えていたからね」


他にも3ルートくらい候補はあったけど。


「それはそうなんでしょうけど、よくこんなものがあるって知っているわね。どこで買えるのよ?」

「ここは干支町だからね。さて、ここで問題です」

「いきなり?」

「ここ干支町が出来てから今年で10年になります。そんな干支町はあるものの一人当たりの消費量が日本一です。さて、そのあるものとは一体、何でしょうか?」


伊緒は意地の悪い目つきで問題を投げかけた。


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