第16話 伊緒
春照伊緒(すのはらいお)は盗人である。
江戸時代から続く盗人の家系だ。
しかしただの盗人ではない。
将軍から命令されて、賊や敵国から重要な物や情報を盗んでくる公認の盗人である。
泥棒専門の忍者といってもよい。
現代だとスパイといった方が通りが良いかもしれない。
伊緒も小さい頃から親に盗みの指導を受けてきた。
気配をさとられないこと、住居侵入、鍵開け、痕跡抹消。
様々な技術を身に着けてきた。
しかし、伊緒は思った。
「こんなんで金が稼げるわけないだろ!」
現代において泥棒が重宝されることはない。
国や公的機関からの依頼は無くなった。
現代ではIT、情報技術における腕の方が重視される。
国から秘密裏に依頼されるような仕事はサイバー系に強い人たちに回されることになった。
その身一つで盗んでくるような伊緒のような人間に出来る依頼は無い。
伊緒は自分の技術で何か出来ないかと考えた。
そして出した結論は、盗みをショーにすることだった。
自分の技術をもってすれば、そこらへんの美術品を盗むことは容易いことだった。
それをエンターテイメントとして見てもらうことは出来ないかと思い立った。
「自分が盗みに入るから、その様子を映像を撮らしてくれ」
いろんな美術館にお願いして回った。
最初は断られることが多かったけれど、手品を一つ二つ見せ、利用客の増加を試算し、使用料をいくらか払うことで納得させた。
多くの人に見てもらうためにたくさんの映像を撮った。
自分の盗む仕組みや手順を説明して動画サイトに上げた。
予想以上の大ヒットだった。
いろんな美術品を盗むにつれて見てくれる人は増え、今や動画の広告収入だけで日本随一のエンターテイナーとなった。
これが芸術盗賊イブキトラノオである。
そんなイブキトラノオの素顔を知っているのは芦花だけである。
「さてと、行きますかね」
伊緒はイブキトラノオの衣装に着替える。
仮面越しに山城の間を目視する。
今日の作戦を振り返る。
今日使うトリックはなかなか難しい。
少しでも覚え違いをしていたら捕まってしまう。
身支度をして美術館の一室から出る。
「ファンサービスでもしていこうかしら」
伊緒は屋外展示場の袖に忍び込んだ。
予定にはなかったけれど、ふらっとステージに出てみる。
「きゃああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
スクリーンを見ていた観客達から歓声と絶叫があがる。
こちらに向かって手を振ったりカメラを向けたりしている。
伊緒は誇らしげにステージをゆっくりと歩く。
気分はアイドルだ。
そのまま何もせずに反対側の袖に隠れていった。
たまにこうして人前に出ることによってイブキトラノオが作り話ではなく、本当に存在する人間だとアピールできる。
「ファンサービス終了!」
その足で山城の間に向かう。
この道中で警察に見つかったらかっこ悪いなぁなんて思ってはいたけれど、無事に山城の間のそばまでたどり着いた。
物陰から山城の間の入口を見る。
入口に警察が2人立っている。
まずはあれを突破しないといけない。
「よし!」
伊緒はポケットに入れておいたリモコンのスイッチを入れる。
山城の間に仕掛けておいた装置が作動する。
煙が充満するまで5分くらいかな。
「わん!」
晴瑠の鳴き声が聞こえた。
一目散に伊緒の方にやってくる。
「あっちゃぁ!」
伊緒は飛び掛かってきた晴瑠を抱きしめる。
犬の匂いが鼻をくすぐる。
頭から背中を優しく撫でる。
晴瑠は伊緒を捕まえようとする意図はないようだった。
伊緒にじゃれついて遊んでもらっているだけだった。
そして芦花はそれを追いかける。
「見つけたわよ」
芦花が走ってきて、伊緒の視界に入る。
「もう、早いわよ! まだ建物にも入ってないじゃない」
「たまには盗みに入れず捕まってしまうパターンも面白いんじゃない?」
「面白いかもしれないけれど、せっかく用意したトリックが無駄になるのはもったいないから嫌だな」
伊緒は抱き着いていた晴瑠を地面に降ろして、走り出した。
向かうは山城の間の入口。
警察官が二人、見張っているけれども構わず走りこむ。
本当ならもう少し時間を稼ぎたかったけれど、仕方ない。
このまま突っ切る。
「イブキトラノオだ!」
入口を張っていた警察官がこちらに気付く。
伊緒はリモコンのスイッチを押す。
ドンッ!ドンッ!ドン!ドン!ドン!
山城の間の中から激しい音がする。
伊緒が仕掛けておいた音だった。
館内放送のスピーカーの音量を最大にして流している。
二人の警察官は驚いて身をすくめ、山城の間の中を覗き込もうとした。
その隙に伊緒は山城の間に走り込む。
「ま、待て!」
警察官は慌てて伊緒を追いかけて山城の間に入った。
伊緒は大股で一歩一歩跳ねながら進んでいく。
まるで飛び石を渡るかのようだった。
「なんだ、これは?」
館内には煙が立ち込めていた。
息をするのもためらわれるくらいに白い煙が充満している。
その煙に反応してスプリンクラーが作動していた。
土砂降りのように床に水が跳ねている。
「来るな! 来ちゃだめ!」
山城の間の中にいた警察官が叫んだ。
外から来た警察官に注意を促す。
「どうした!? 何があった!?」
警察官はイブキトラノオを追うのを中断し、入口で立ちすくんでいた。
「こっちに入っちゃだめ! 床に張り付いて動けなくなるわよ!!」
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