第13話 虹乃

虹乃は興が乗ってきていた。

この取り調べごっこが楽しくなってきた。


「同居人がナプキンですか? 怪しいですね?」

「どこが怪しいのよ?」

「なぜ、自分が買いに行かなかったのでしょうか?」

「単に私が家に帰るタイミングと、一致しただけよ」


適当な難癖をつけて芦花を困らせて遊ぶ。

そんなやりとりに星菜が入り込む。


「芦花さんの同居人ってどんな人なんですか?」

「ああ、そういえば話したことがなかったわね」

「プライベートをあんまりほじくり返すものでもないですし」

「まぁ、話しても問題ないわ。名前は春照伊緒(すのはらいお)よ」


虹乃はメモを取る。

何かに使う予定は無いが。


「ちょっと、この部屋暑くない?」


星菜が言った。


「ちょっと暖房が強すぎかな?」

「わたしは、飲み物取ってくるわ」


星菜は一旦、取り調べ室から出て行った。


「その伊緒さんは、どういう人ですか?」

「どういうって言われても、何を応えようかしら?」

「趣味は?」

「趣味は、そうね。イブキトラノオの件が終わったら一緒に温泉行く予定よ」

「ほう、温泉が好きなんですね」

「干支町には温泉が無いから、余所に行かないといけないのよね」

「確かに、プールやスパはありますけど、温泉に行くために町外に出ないといけないのは不便ですよね」


虹乃と芦花は話を続ける。


「この間も、休みが同じになったときに、二人で山奥の旅館に泊りに行ったわ」

「良いですね」

「花畑に行ったんだけどね。そこで運悪く風で帽子を飛ばされちゃって」

「あら!」

「その帽子を追いかけようとしたら、ちょうどイヌワシが咥えちゃったのよ」

「あらら!」


取り調べ室に戻ってきた星菜はドアを開けようとしたが、思いとどまった。

中から不穏な声が聞こえたからだ。


「それがね、いやらしいやつなのよ。私の帽子を咥えて逃げちゃって」


あれ? 

芦花さんの同居人である伊緒さんの話をしていたはずだ。

芦花さんと伊緒さんでケンカした話かな?


「追いかけなかったんですか?」

「すぐ遠くまで行っちゃってね。帰ってこようとしなかったのよ」



けっこう深刻なケンカをしたのかな?


「帽子は諦めたんですか?」

「そうなの。まぁ、あれくらい大したことないわ」


芦花さんの方は落ち着いているけど、伊緒さんの方が帰ってこないくらい怒っているのかも。


「災難でしたね」

「逃げる様子を写真で撮ったの。ほら」


虹乃は写真を見せてもらっているようだ。


「へぇ、穏やかな目をしていますね」


見た目の感想を話している。

ケンカして帽子を持って逃走しているのに穏やかな目をしているのか?


「表情からは何を考えているか分かりづらいわよね」

「でも、こうして写真で見ると可愛い感じですね」

「そうね。ただ実際はけっこう大きくてね」


身長の話かな? 

胸の話かな?


「近寄ってきたときはどうでした?」

「けっこう怖いのよ。威圧的というか」


芦花さんはそんな人と同居しているのか。

どういう経緯で一緒になったんだ?


「写真で見ると、かなり黒いですね」


肌を焼いているのかな?

それとも日本人じゃないとか?

でも、伊緒って日本人の名前だったしな……


「そうなの。もう少し黒かったらカラスに見えるわね」


ああ、髪の話か。

綺麗な黒髪のことを『カラスの濡れ羽色』っていうことね。

文学が好きな芦花さんが使いそうな表現だ。


「あとで聞いたことなんだけど、ウサギやヘビを食べるそうなのよ」

「へぇ、かなりの肉食なんですね」


肉食とかいうレベルか!?

そんな食文化の違う人と芦花さんは付き合っているの!?


星菜は取り調べ室のドアをそろりと開ける。


「芦花さん……」

「ああ、星菜。お帰り。お茶ありがとう」

「伊緒さんとうまくいってますか?」

「へ?」


星菜の誤解を解くのにかなりの時間がかかった。


「さて、真面目な取り調べに戻ろうか」


虹乃は気合を入れて言った。


「いや、そもそも本気の取り調べじゃないでしょうに」


芦花から突っ込みが入る。


「まぁまぁ。気分だけでも真面目にやります。春照伊緒さんの職業は?」

「あっ、……何というか……」


何故か芦花は言いにくそうにしていた。


「おっ、やましいことでもあるんですか?」


虹乃はうきうきで問い詰める。


「別にやましいことはないわ。いろいろやっているから説明が難しいのよ。一番のメインは動画配信ね」

「あ~、なるほど。ネット関係ですか」

「そうね」


動画配信で金を稼ぐ人は珍しいけれど、いないわけではない。

それなりに認知された職業である。


「どういう動画を配信しているんですか?」


星菜が気になって訊いてみる。


「……科学実験よ」

「科学実験!?」


予想外のジャンルに虹乃が大声になった。


「昨日、ナプキンを買ったじゃない? あれを水に漬けていたわ」

「え?」

「昨日買ったナプキンは普通に使う用じゃなかったのよ。水に漬けてどのくらい膨らむか実験に使うためだったのよ」

「使う用のナプキンじゃなかったんですね」

「ええ。風呂場の浴槽に入れて『すごい膨らむね』なんて言って見せてきたわ」

「……面白そうなことをしてますね」


虹乃は興味深々だった。

対して星菜はどうでも良いような顔をしていた。


「私は興味ないから、あんまり深くは聞いていないのよ」

「なるほど、芦花さんは科学に疎かったですものね」

「虹乃は好きそうね」

「ええ。他にはどんな実験をしているんですか?」

「最近だと、シールの話をしてくれたわ。現代だとシールって台紙から剥がしたらすぐ貼れるようになっているけれど、昔は濡らして貼るタイプが主流だったんだって」

「ああ、そうですよね。粘着面を濡らすと接着剤が染み出るようになるやつ。切手とかがその仕組みですね」

「普通のシールと何が違うの? って訊いたのよ。そうしたら伊緒は『まっすぐ貼るなら普通のシールで良いんだけど、プラモデルみたいに曲面に貼るならこのタイプの方が綺麗に貼れるの』なんて言っていたわ」

「ほうほう。こだわりがあるんですね」

「いや、その話そんなに広げなくていいでしょ」


虹乃は深堀りしたいようだったが、星菜が止めに入った。


「え? 楽しそうだったのに。わたしと伊緒さんは話が合いそうじゃないですか?」

「……そうかもしれないわね」


虹乃の感覚を芦花が肯定する。


「芦花さんの彼女を寝取ったりしないでよ?」


星菜が虹乃に忠告する。


「そうよ。ひとりぼっちにされる星菜が可哀そうよ」


芦花が虹乃に追い打ちをかける。


「え!? 芦花さんまでわたしを攻めるの!?」


虹乃は予想外に自分が追い詰められて驚いていた。

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