第12話 虹乃

そんなこんなで三人は美術館を後にした。

車内で話し合う。


「星菜、どう思う?」


芦花が訊いてみる。


「何がですか?」

「米山さんの態度、不自然じゃなかった?」


星菜は思い当たることがあったようで、大きく頷いた。


「そうですね。不自然でしたね」

「不自然?」


虹乃には心当たりがなかった。


「米山さんはちょくちょく下の方を気にしていましたね」

「下の方?」

「妙なタイミングで目線を下に外していたのよ。床に何かあるのかな?」


星菜は米山さんの仕草が奇妙に思えたようだ。


「よく見ているわね。わたしは何も気付かなかったわ」

「虹乃はもう少し人間に興味を持った方が良いと思うわ」


まるで虹野が人間らしくないかのような忠告を受ける。


「星菜のことは好きよ。とっても興味あるわ」


努めて冷静に反例を挙げる。


「そういうことではなくてね……」


星菜は顔を真っ赤にしていた。




「あっ、虹乃。今日、私はドラッグストアで降ろしてくれる?」


芦花が運転していた虹乃にお願いする。


「分かりました。何か買うんですか?」

「ええ。同居人がお願いしてきてね」


芦花は何を買うかまでは教えてくれなかった。

時間は午後5時。

今日の業務は終わり。

虹乃はドラッグストアの駐車場で芦花を降ろした。


「じゃあ、また明日ね」


芦花は二人に手を振って去って行った。

車内には虹乃と星菜の二人。


「ねぇ、芦花さんを尾行しない?」


星菜が提案した。


「芦花さんを?」

「ええ。虹乃も聞いたことがあるでしょ? 例の噂」

「例の噂?」

「イブキトラノオの正体が芦花さんかもしれないってやつ」

「ああ……」


警察署内で囁かれている噂。

イブキトラノオの正体は、対策室長の芦花であるという噂。

警察は今までイブキトラノオを捕まえられた試しがない。

それは、室長の芦花がイブキトラノオ本人で、本気で捕まえようとしてないから捕まらないのである。

そんな暴論のような噂話。


「芦花さんがイブキトラノオなら、ここで尾行する価値があると思うの」

「そうかしら? ドラッグストアに行くってだけよ?」

「芦花さんがこのタイミングでドラッグストアに寄るってことは、何か盗みの準備に必要なものを調達する可能性は無いかしら?」

「……無いと思う」


虹乃は星菜の案を否定した。


「やっぱ無いか」


星菜も否定されることは分かっていたようだった。


「でも、試しに尾行してみようか」

「おっ、意外と乗り気だね」

「芦花さんは、さっき何を買うか言いかけてやめたのよね。ちょっと気になるわ」

「じゃあ、行ってみようか」


虹乃はドラッグストアの目立たない場所に駐車にした。

虹乃と星菜は、さっきまで着ていた上着とは別のものを着て車から降りた。


「店内でばれないように芦花さんを探すわよ」

「OK」


芦花はまっすぐ店内に入っていった。

大型のドラッグストアだから、普通に後を追っても見つかることはない。

虹乃と星菜は目線を上げないようにしながら店内に入る。


「わたしは右手方向から行くから、星菜は左手方向から行って」

「了解」


虹乃はドラッグストアをゆっくり歩く。

ゆっくりだけど、他の客に紛れるため不自然じゃないようなスピード。

医薬品の棚を歩きながら、芦花を探す。

芦花はすぐに見つかった。

虹乃は足を止めて、芦花の動きを観察する。


「う~む?」


芦花が手にしたのは、生理用ナプキンだった。

商品を棚から手に取ってカゴに入れる。

至って普通の買い物だった。

その後も芦花は店内をうろうろする。

お菓子をカゴに入れたり、手に取るだけで陳列棚に戻したりする。


「どう?」


虹乃の背後から星菜が合流した。

店内の逆方向からぐるっと回ってきたようだ。


「別に妙なものは買ってないわよ」

「まぁ、それもそっか」


仮に芦花がイブキトラノオだったとして。

ドラッグストアで何を買えば、それらしいのだろうか。


「縄ばしごでも買っていたら怪しいかしらね?」

「ドラッグストアじゃなくてホームセンターで買うべきでしょうね」


芦花はすぐに会計を終えて、ドラッグストアを出た。


「どうする? 芦花さんの家まで尾行してみる?」

「途中、怪しい場所に寄るかしら?」

「どうせ、何もない気がするわ」

「じゃあ、やめておくか」

「そうね」


こうして、収穫もないまま尾行を終えた。


「芦花さんがイブキトラノオだという尻尾は掴めないかしら?」


星菜が虹乃に訊いてみる。


「まぁ、明日、直接訊いてみまししょうか」

「え?」


虹乃はやる気満々だった。


翌日。


「さぁ、吐いてください。あなたがイブキトラノオですね?」

「……なんでそうなるのよ?」


空いていた取調室を借りて、取り調べごっこを行うことにした。

芦花を連行してきて座らせる。

虹乃が調査席。

横にいる星菜がサポート。


「いいじゃないですか。ちょっと余興に付き合ってください」

「まぁ、暇だから良いけどさ」


うちの室長は優しい。

こんなしょうもないことに付き合ってくれる。


「というわけで、あなたがイブキトラノオですね?」

「さすがに何か証拠を見せなさいよ?」


虹乃のいい加減な詰め寄り方に、芦花が反論する。


「昨日、仕事帰りにドラッグストアに行きましたね? それは次に盗みに行くための準備ですね?」

「同居人に頼まれて、生理用ナプキンを買っただけよ……」


芦花は呆れながらも、正直に言ってくれた。

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