第11話 星菜
米山さんに脚立を持ってきてもらった。
この山城の間には脚立が常備してあった訳ではないらしい。
わざわざ本館から脚立を持ってきてもらった。
重たい脚立を持ってきたせいで、米山さんは若干息を荒げていた。
脚立を返却するときは、あたしが持って行ってあげようと星菜は思った。
「梯子をありがとうございます」
虹乃が米山さんにお礼を言う。
「梯子じゃなくて脚立じゃない?」
あたしが虹乃に訊く。
「この場合はどっちでも良いわよ。脚立は梯子の部分集合だし」
「梯子と脚立は同じなの?」
「全ての脚立を指してこれは梯子であるという命題はいつでも真だけれど、任意の梯子を指してこれは脚立であるという命題には反例が発生するから偽だわ」
「わざと難しく言っていない?」
「装飾語が多いだけで、本質は単純よ」
「いや、単純なら分かりやすく言ってよ!」
どうでも良い会話を挟んだ。
相談の結果、虹乃が脚立を昇ることになった。
星菜は下で脚立を支える。
小柄な虹乃が昇った方が良いし、力のある星菜が脚立を支えたほうが良いということに落ち着いた。
「ちゃんと支えていてね」
「もちろん」
ここでふざけて脚立を揺らすほど星菜は幼稚ではない。
エクストリームアイロニング部では、この手の場所でふざけると命に関わる。
小さな怪我でも引き起こすような要因は絶対に作らない。
「あ、まずい!」
「え、何?」
星菜の予感に、虹乃が焦って反応する。
「へっっぷしぃ!!」
星菜は大きくくしゃみをした。
虹乃を見上げていた目線を床に落とす。
「ちょっと!?」
くしゃみの反動で身体が動かないように肩に力を入れる。
「あぶなっ」
「びっくりしたぁ」
虹乃が脚立にしがみついて息を荒げている。
「虹乃、怪我してない?」
「大丈夫よ。梯子は一切揺れなかったわ。良い体幹しているわね」
エクストリームアイロニング部で鍛えていてよかった。
「ちょっと休憩して良い?」
虹乃に怪我は無かったけど、焦って体力の消費が激しかったらしい。
ごめん。
一息ついてから、虹乃が再び脚立に昇り直した。
「どう、窓はくぐれそう?」
芦花さんが虹乃に訊く。
「あぁ、くぐれますね」
虹乃が窓に上半身を通す。
下半身だけこちらに見せている。
穴を掘っている犬のようだ。
自力で帰ってこられるのだろうか。
あと、お腹を窓枠に預けているのは痛そう。
「虹乃が通れそうならイブキトラノオも通れそうね」
芦花が言う。
「この外にも見張りを置きますか?」
「そうね。イブキトラノオがここから侵入するかもしれないから」
星菜と芦花は、虹乃を置いて相談する。
「盗んだあとに、逆にここから逃げるかもしれないですよね」
「脚立とかの踏み台がないと届かないだろうからね。トイレに踏み台になるようなものを置かないようにしておきましょう」
「前日に確認を忘れないようにしないとですね」
星菜は手帳にメモをしておいた。
「窓の向こう側って何がある?」
芦花が虹乃に訊く。
「庭園ですね。綺麗に整備された庭です。芝生が生えそろっていますし、木々も剪定されていますね。突っ切れば道路に出そうな感じです」
虹乃が下半身のみをこちらに見せて報告する。
その姿勢で長時間いるのは辛そうだ。
「そっか。じゃあ、トイレはもういいわ。横の倉庫に行きましょう」
芦花は次の部屋に行こうとした。
「虹乃、降りられる?」
星菜は窓枠で布団干しのように掛けられている虹乃に声をかけた。
虹乃の表情のは見えないけれど、そろそろ辛い時間なのではないだろうか。
「自力で降りれないわ。星菜、降ろして」
「じゃあ、置いていこうか」
「ちょっと!?」
「冗談よ」
星菜は、虹乃を支えて降りる手助けをする。
「あ~、痛かった」
虹乃はお腹をさすっている。
窓枠に圧迫されて辛かったのだろう。
「お腹は大丈夫?」
「ちょっと、苦しいかも。座りたいな。トイレ行っていい?」
「ここトイレよ」
「……そうだったね」
虹乃はホールにあった長椅子にかけて休憩することにした。
座り心地が良かったらしい。
少し休んでから今度は四人でトイレ横の倉庫に来た。
トイレと違ってこちらには入り口にドアがある。
米山さんがドアを開けると、中は暗かった。
「電灯を付けますね」
米山さんが入り口の壁にあるスイッチに手をかざすとLEDのライトで部屋が照らされた。
「うわっ!」
星菜が驚きの声をあげる。
「どうしたの?」
虹乃が訊くと星菜は壁を指差していた。
「こんなところに鏡が!」
どうやら鏡に映った自分を見て驚いたらしい。
「なんだ、大したことないじゃない。人騒がせな」
「いや、びっくりするでしょ、なんで鏡があるのよ?」
「この倉庫、昔はトイレだったんでしょ」
虹乃は適当に答えた。
この倉庫部屋もトイレと同じように洗面台がある。
そんなことはさておき。
倉庫部屋には窓が一つ。
トイレと同じ作りの窓。
「あの窓から侵入してきますかね?」
「どうだろう? 一応塞いでおこうか」
虹乃の疑問に芦花が応える。
さっき使った脚立をもう一度持ってくる。
ダンボール箱を使って、ガムテープで蓋をする。
「そんなに強固な蓋じゃないけど、ここから侵入するのは手間になるでしょう」
「逆にここから脱出されるのは?」
「この倉庫部屋に足場になるようなものを置かないようにしましょう。米山さん、ここの片付けをお願いできますか?」
「はい。分かりました」
片付けと言っても、この倉庫部屋に足場になるようなものはない。
ダンボール箱が数箱あるくらいだ。
簡単に片付くだろう。
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