第10話 星菜

「今日も渋滞ですね」


星菜は助手席で呟いた。

芦花と虹乃と星菜の三人はパトカーに乗って、ミズノト美術館に向かっていた。

晴瑠は訓練のため今日は来ていなかった。

昨日、美術館に入ったのは芦花と星菜の二人だった。

しかし今日は三人で美術館に入ることになった。

警察の制服を着た三人だと目立つが、美術館の利用客も「イブキトラノオの関係かな?」と思うだろうから、目立っても問題は無い。


「いらっしゃいませ」


受付の人にあいさつをされた。

芦花さんが警察手帳を見せると、三人とも奥の応接室へ案内された。


「お久しぶりです」


芦花は美術館職員の米山さんに話しかけた。


「今回もよろしくお願いします」


ミズノト美術館側もイブキトラノオの対応にも慣れている。

職員の中でも米山さんはイブキトラノオの担当だった。

細かい前置きはいらない。

イブキトラノオ対策の話が始まる。


「何か、いつもと違う警備はされますか?」


米山さんは穏やかに問いかける。


「いいえ。いつも通りです」


いつも通りで話が通じる辺り、お互い慣れたものだ。

そしてやっぱり、いつも以上のことはできない。

さして良い案もない。

しかし、何かを仕掛けるとしても、米山さんには言わないほうがよいだろう。

こちらの作戦はイブキトラノオにどこからばれるか分からない。

うっかり口にされないように美術館側の人にもなるべく秘密裡に警備にあたりたい。


「分かりました。当日の来場者の進入禁止は山城の間だけでよろしいですか?」


米山さんが芦花に訊いてくる。


「山城の間と周囲の建物のいくつかは進入禁止にして欲しいです」


芦花はパンフレットの地図にサインペンで印をつける。

イブキトラノオの進入経路や逃走経路をイメージする。

警備に必要な範囲には一般客を入れないようにしないといけない。

自分がイブキトラノオなら。

自分が山城の壺を盗むならどうするだろうか。


「山城の間は入口と出口が一つずつしかないですよね?」

「はい」


芦花の質問に米山さんは即答する。


「窓もないですよね?」

「はい。そうです」


即答。

聞かれることを予想していた返答の早さだ。


「他に部屋はトイレと物置が一つしかないですよね?」

「そうなりますね」

「そちらには窓がありますか?」

「ありますよ。小さいですし高い所にあるので人は通りにくいとは思いますが」


窓があるのか。

警備するときに気にしないといけないな。


「では、そちらを確認させてもらいましょうか。案内してもらえますか?」

「かしこまりました」


芦花は早速立ち上がった。

虹乃と星菜も続く。



「こちらです」


三人で米山さんに連れられて山城の間に向かう。

美術館内には多くの客が観覧していた。

その人数は昨日よりも多そうだ。

皆、イブキトラノオが盗むものを見ておきたいのだろう。


「山城の間は広間が一つあるだけの建物です。今は山城の壺しか置いていません。普段は他にもいくつか置いてあるのですが、イブキトラノオが盗みに入るということで他の美術品は他の場所に移動させています」


きちんと万全の事前準備がなされている。


「なるほど。他には普段と違うところはありますか?」

「いいえ。普段通りです。美術品の移動しかしていません」


米山さんは即答した。

その言葉に何か引っ掛かりを感じたらしく芦花さんは眉をしかめていた。


トイレの入り口から入るとLの字に折れ曲がる。

洗面台が4ヶ所、個室が10ヶ所。

壁には配管が見えるように取り付けられている。

天井から各個室にどのように水が流れているのか分かるようになっている。

これもアートの一種という思いが込められているのかもしれない。

奥の壁には窓が一つあった。


「随分と高い所にありますね」


星菜が見上げて言う。


「飾りみたいなものなので、あまり窓としての機能はないですね」


米山さんが説明してくれる。

窓は2メートル以上の高さにあった。

ちょっとやそっとジャンプしても届きそうにない。

大きさは50センチ四方が一枚。

小さめである。


「あの窓から入ってこれますかね?」


虹乃が芦花に訊く。


「小柄な人ならギリギリ通れそうね」

「イブキトラノオなら通れそうじゃないです? 小柄ですし」


星菜が窓を見上げながら言う。

三人はイブキトラノオに直接見ている。

警備中に見たり、逃走中に追いかけたりしたから、背丈は大体分かる。


「イブキトラノオって身長低いですよね。150センチぐらいですし」


虹乃が芦花に確認する。


「虹乃よりも低いわね。虹乃が試しにくぐってみる?」

「あの窓をですか?」

「ええ。一応確認しておきたいし」

「あー、まあ。やってみますか」


虹乃は嫌そうだったけれど、渋々やることにした。


「そもそも台がないと手が届かないですね」


虹乃は窓の下で数回ジャンプしてみた。

窓の枠にも手が届いていなかった。

可愛い。


「もっと高くジャンプ出来るでしょ?」


星菜は煽ってみた。


「これが精一杯よ!」

「はい、ジャンプ! ジャンプ!」

「カツアゲか!?」


小銭をポケットに入れるような人が、いまどきいるようには思えない。

ジャンプしたらポケットの小銭がちゃらちゃら鳴ることもない。

時代は電子マネー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る