第9話 星菜

「さて、作戦会議を始めますかね」


干支警察署の五階の隅、芸盗イブキトラノオ特別対策室。

室内には芦花と虹乃と星菜の三人。

それと用事はない晴瑠がソファで寝ていた。

早速、虹乃が手を挙げた。


「はい! ねずみ取りシートみたいに山城の間を粘着剤だらけにして入ってきたイブキトラノオを捕まえるのはどうでしょうか?」


芦花と星菜はその光景を想像してみた。


「人間を捕まえられるほどの強力な粘着シートがあるかしら?」


ねずみ用の粘着シートぐらいでは、人間の力なら逃げ切られそう。


「調べてみたんですけど、防犯用にあるみたいなんですよ。対人間用の粘着シート。特殊なボンドを使っているみたいです」

「へぇ~!」


星菜が感心した声をあげた。


「これを山城の間の至る所に設置しておけば、イブキトラノオが捕まってくれるんじゃないかと」

「見た目で踏んじゃいけないことは分かりそうだけど」


芦花は懸念点を口にした。

確かにイブキトラノオだって怪しいと思う床をむざむざ踏みはしないだろう。


「山城の壺の周り全部を粘着シートにしておけばイブキトラノオは入れませんよ。わたしたち警察も美術館関係者も入れませんが」

「なるほど。ありかもしれないわね。その粘着シートってすぐ取り寄せられるの?」

「調べてみますね」


芦花の質問に、虹乃がパソコンのキーボードを叩く。


「あーーー、駄目ですね」

「どうしたの?」

「注文から設置まで十日前後かかりますね」

本日は11月22日。

イブキトラノオの犯行予告は28日。

設置に10日もかかるなら間に合わない。


「残念ね。他を考えましょう」

「今回は駄目でも、次回に備えて買っておきますか?」


虹乃が提案した。

前向きで良いことだ。

今回はイブキトラノオに負けることが前提であるのが悲しいけれど。


「そうね。一応買っておいて」


芦花が指示する。


「50万円分くらい買って良いですか?」


芦花は予想以上に高くて驚いていた。

一般向けに販売しているわけではないだろうから、それなりに高くても仕方ないだろうけれど。


「そんなに必要なの?」

「10畳くらい欲しくないですか?」

「まぁ、それくらいいるか……」

「ですよね!」


それにしても高い。

このイブキトラノオ対策室にそんな予算はない。


「10万円分にできない?」

「それ2畳くらいですよ」

「とりあえず、お試しでそれくらいにしておきましょう」

「分かりました。それで注文しておきます」


虹乃はパソコンで注文票を作成し始めた。


「それはそうと、今回の作戦を練らないとね」


芦花が仕切りなおす。


「山城の壺は山城の間で警備します? もっと警備しやすい場所に移しますか?」

「警備しやすい場所ってどこかしら?」


虹乃が提案して、芦花が応える。


「物理的に高い場所なら警備しやすいと思うんですよね。スカイツリーのてっぺんとか」

「まぁ、そこまで行くのが大変だものね。残念ながら、山城の間から動かせそうになかったけれど」


「場所よりも超強力な金庫が使いたいですよね」

「一度それやって無駄だったから、やめたのよね……」


イブキトラノオとの対戦も何回もしてきた。

数々の策略を突破されている。

こちらに残されているのは出がらしのような発想しかない。


「落とし穴は掘れないですかね?」


虹乃が適当なことを言う。


「規模にもよるけれど大工事になりそうだから難しいわね」


芦花は丁寧に却下する。


「最新鋭の警備ロボットって使えないですかね?」

「予算がないから、今の人員で出来る方法を探さないとね」


虹乃はいつも意見をたくさん言う。

却下されることは虹乃自身も分かっているけれど、思いついたことはポンポンという。

ブレインストーミングの手法としては正しいらしい。

星菜はそんな策略なんて思いつかないから感心していた。


「山城の壺を偽物とすり替えておきません?」

「偽物を用意する時間が足りないわね」

「盗ろうとしたら、電流が流れるように出来ませんかね?」

「芸術品は改造できないでしょ」

「せめて壺を入れるケースには電流を流しましょう」

「そんな特注品をすぐに用意出来るかしらね?」


もう少し建設的なことを言わないと、議論が先に進まないとは思うけれど。


「山城の間は入口と出口、合わせて2ヶ所しかないから、ここを塞げば侵入されないですよね」


星菜がパンフレットの地図を見ながら言った。


「そうね。窓もないし」


美術館は中の美術品を保護するため、窓がない造りのものもある。

日光で痛む美術品もある。

山城の間はそういったものを守るために、閲覧する部屋に窓はない。


「トイレにも窓はないんです?」


昨日、美術館に入っていない虹乃が尋ねる。


「そこは調べてなかったわね。今日、確認に行きましょう」


芦花は手元のチェックリストに書き加えた。


「他に何かできることあります?」


虹乃が芦花に訊く。


「そうね。今日は美術館側に話を聞くから、カメラを回しましょう。虹乃はカメラの用意しておいて。星菜は質問内容をまとめて書いておいて」

「はい!」

「分かりました!」


虹乃の星菜は元気よく返事をした。

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