第8話 星菜

「星菜、見つかった?」


虹乃が対策室に戻ってきた。


「だめ、見つからない…」


星菜はどっと疲れるのを感じた。


「警備室にいってきたけれど、夜間にこの部屋が使われた形跡は無かったわね。芦花さん食べたんですか?」


不安に押しつぶされている星菜に対して、虹乃は冷静だった。


「食べないわよ。美味しくないじゃない」


芦花は星菜に心配の目を向けながら、冷静に虹乃と会話する。


「あれ、芦花さん嫌いでしたっけ?」


憔悴している星菜をよそに、虹乃と芦花が会話を続ける。


「好きとか嫌いとかあ? 虹乃は食べたことあるの?」

「ええ、まぁ。月に一回くらいで食べますが」

「月一で食べるの!?」


芦花の声が驚きで大きくなる。


「食べないですか? コンビニで売っていたら買っちゃいません?」

「そんなほいほい買うものじゃないでしょ?」

「え、売っていますよ。見ないんですか?」

「見ないわよ。一個数万円するでしょ?」

「いやいや、どんな高級品ですか? コンビニにあるのはせいぜい数百円ですよ」

「そんなに安いものがあるの? どうやって食べるのよ?」

「どうやってって言われても……冷やしてそのまま食べますよ」

「硬くて歯がたたないでしょ!?」

「むしろ歯が無くても食べられますよ」

「そのまま飲み込むの!?」

「いや、噛み合ってないですからね」


星菜は二人の会話を止めた。

「えっ、星菜も噛まずに飲む派でしょ?」


虹乃の会話のペースはなかなか止まらない。

ちなみにシュークリームはきちんと噛む派。


「会話が! すれ違ってますからね!」


星菜は改まって現状を説明する。

芦花にシュークリームのことは隠しておきたかったが、ここまで話が進むと隠し通せない。星菜は二人の会話を止めて、ここまでの流れを丁寧に話す。


「つまり、シュークリームと星菜のスマホがないということね」


芦花は納得してくれた。

虹乃はすれ違いコントが起こっていたことに笑っていた。


「芦花さんはスマホを食べる想定で話していたのね!」

「スマホなんて食べても栄養にならないでしょうに……」


それはともかく。


「というわけで、シュークリームとスマホが見当たらないのです」


星菜が説明すると、芦花は立ち上がった。


「一つずつ片付けましょう。シュークリームを冷蔵庫から動かしたのは私よ」


芦花は堂々と説明を始めた。


「え?」

「あら?」


星菜と虹乃から間の抜けた声がした。


「シュークリームは芦花さんが全部食べちゃったんですか?」


星菜が芦花に訊くと、鼻で笑われた。


「そんな訳ないじゃない。冷蔵庫を開けたときに気付かなかったの?」

「え、何にですか?」


芦花の言葉を受けて虹乃が冷蔵庫を開ける。


「電気がついていないみたいですね。故障ですか?」

「え!」


星菜は驚いて虹乃の横から冷蔵庫を覗く。

言われてみると、冷蔵庫が暗い。

普段なら冷蔵庫内のオレンジ色のランプが光るはず。

そういえば、さっき開けたときも「なんか暗いな」って感じたっけ。


「そうなのよ。昨日の夜に故障したみたいでね。私が朝来た時に故障したことに気付いたのよ。そのまま放置して痛むのはよくないから、シュークリームは給湯室の冷蔵庫に移しておいたのよ」


今日、朝一番に対策室に来たのは芦花だ。

そのときに気付いたのだろう。

気の回る室長だ。


「なんだぁ……」


星菜は一気に脱力した。

いろいろやらかして不安に押しつぶされそうだったけれど、一気に楽になった。


「もう少し落ち着いて考えなさいよ。注意深く観察して正確な思考を巡らせること」


芦花がよく言う台詞だった。


「確かに、冷蔵庫の故障に気付けば分かったかもしれないですよね」

「クッションの裏にシュークリームがあるわけないじゃない」

「それはそうですけど」


星菜はシュークリームを探すために、部屋のあちこちを探していた。

クッションを頭の上に置いて天使の輪っかなんてやっている場合ではない。

思い出して再び恥ずかしくなってきた。


「それじゃあ、星菜のスマホは?」


虹乃が疑問を口にする。


「それは私には分からないわ。単にここに来るときにどこかで落としたんじゃない?」


そのとき、対策室の扉から晴瑠が顔を覗かせた。

晴瑠は黙ってスマホを机に置いた。

緑色で花柄のスマホケース。


「わっ、わたしのスマホ!」


星菜は手に取って確認する。

星菜の指紋でロックが解除される。

間違いなく星菜のものだ。


「晴瑠が見つけて持ってきてくれたの?」


晴瑠は大きく頷いた。


「ありがとう、晴瑠!」


星菜は晴瑠に抱きついて、頬ずりをした。


「やっぱり落としただけだったのね」


芦花も安心して納得していた。


「落としたのが警察署内で良かったわね」

「そうね。晴瑠が見つけられる場所で良かったわ。散歩でもしていたの?」


星菜が晴瑠に訊く。

晴瑠は、うんうんと頷く。


「拾ってくれたのが晴瑠で良かったわ。名前も書いていないし、画面ロックもかかっていたから、晴瑠じゃなかったらこんなにすぐには届けてもらえなかったわ」


星菜は晴瑠の頭をよしよしと撫でる。


「ん!」


晴瑠は誇らしげに星菜に撫でられていた。

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