第7話 星菜

星菜が冷蔵庫を開けると想像以上に中は暗かった。


「あれ、シュークリームが無いな。昨日冷蔵庫に入れておいたのにな」


イブキトラノオ対策室には星菜と虹乃の二人。


「そんなわけないじゃない。虹乃が買ってきたものを一人で勝手に食べないわよ」


星菜はきょろきょろと室内を見回す。

確か緑のケーキボックスに入っていたはず。


「シュークリームって昨日、わたしが買ってきたやつでしょ?」

「そう、それ芦花さんも楽しみにしていたのに」


虹乃が昨日の午前中に買ってきたものだ。

昨日のうちに皆で食べようかと思っていた。

しかし午前中は芦花がイブキトラノオ対策会議に呼ばれてしまい、午後はミズノト美術館に三人で出かけたので食べる余裕がなかった。


「昨日、私が皆の前で『買って来ました。明日皆で食べましょう』って言ったら芦花さんは『早く明日にならないかしら』なんて可愛いこと言っていたわよ」

「そうよね」


うちの室長は見た目はクール系お姉さんなのに、言葉の端々に幼女の可愛らしさを残す素敵ハイブリッドだった。


「誰かが間違えて食べたのかしら?」


星菜は冷蔵庫を閉じて室内をうろうろする。


「最後に見たのはいつ?」

「ミズノト美術館に行く前ね」

「誰かが間違えて食べることなんてある? この対策室を利用するのは三人だけよ。わたしと星菜と芦花さんの三人。あと、たまに晴瑠くらいかしら。わたしも星菜も知らなかったら、芦花さんしかいないじゃない」


「でも、芦花さんがあたし達に黙って食べるかしら?」

「確かに、芦花さんが一人で黙って先に食べるなんて考えにくいわね。おやつを食べるときはいつも声をかけてくれるのに」


芦花はよく「ご飯は皆で食べた方が美味しいもの」と言っていた。

自分の家でも必ず相方と一緒に食べるらしい。


「それじゃあ、誰かが侵入して、シュークリームを盗んでいった?」

「その可能性もありそうね」

「まさか、イブキトラノオ!?」


星菜は大げさに驚いた。


「イブキトラノオがそんなみみっちいことしないでしょ」

「シュークリームが大好物かもしれないじゃん!」

「令和の大泥棒が500円のシュークリームなんか盗むわけないじゃない。普段は何万倍のものを盗んでいるのよ」


山城の壺は時価500万円である。


「とりあえず、手掛かりがないか調べましょ? わたしは警備室に行ってみるわ」


虹乃は駆け足で警備室に行った。

警察署内は夜間はオートロックになっている。

警備室に行けば、夜間にオートロックが解除されたかどうかが分かる。

システムにログが残っているから簡単に確認できる。

夜間に誰も解除していないなら夜7時から朝7時まではロックがかかっている。

夜7時以降に部屋を使う時は残業届を出さないといけない。


星菜はイブキトラノオ対策室の中で一人、シュークリームを探していた。

緑のケーキボックスが見当たらない。

「こんなところにあるはずがない」と思いながらもクッションの裏まで確認する。

当然無い。

流れでクッションを頭の上に置いてみるが意味はない。


「何しているのよ、星菜?」


芦花が対策室に入ってきた。

星菜がクッションで天使の輪っか、なんてふざけているところだった。

恥ずかしい。


「あ、芦花さん。実は…」


そこまで言ってから星菜は口をつぐんだ。

考えろ。

自分に言い聞かす。

シュークリームが無くなったなんて聞いたら、芦花さんが怒り狂うかもしれない。

そんなんで怒り狂うような幼稚な人間性ではないと思うけれども、出来ることなら波風立てずにシュークリームを取り戻したい。


「実はスマホを失くしちゃって」


星菜は頭の上に置いていたクッションをソファに戻した。

ここはなんとかごまかして時間を稼ごう。

虹乃が帰ってきたら手掛かりがあるかもしれない。


「あら、スマホを失くしたのはこの部屋?」

「はい。家で使ったところまでは記憶があるんですけれど」

「じゃあ、鳴らしてみるわね」


芦花は自分のケータイを取り出して、星菜のスマホを鳴らす。

本当は今日もハンドバッグに入れてきているから問題は無い。

ハンドバッグから往年のラブソングが流れるはず。

「あっ、バッグの奥底にありました」なんて言ってとぼけるつもりだった。

星菜はそう思って机の上に置いてあったハンドバッグを手にする。


「あれ?」


星菜の予想に反してスマホからメロディは聞こえてこない。

バイブの振動音もない。

星菜は慌ててハンドバッグを開く。

目を丸くして中を覗き込むけれど、自分のスマホは見つからない。

緑色を基調とした花柄のスマホケース。

今朝、家から出る前にハンドバッグに入れたことを確認したはず。


「やっぱりなさそう?」


芦花は冷静にあたしに訊く。


「無いです……」


星菜はすっかり狼狽えていた。

ハンドバッグをひっくり返し、中にあったものを机の上に並べる。

ハンカチ、ティッシュ、鍵、ポーチ。

いろいろ詰め込んでいたものが出てくるがスマホは出てこない。


「まずい……」


でまかせでスマホを失くしちゃってとか言っていたら本当に失くしてしまった。

これは嘘を吐いた天罰なのか?

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