第5話 芦花
芦花(ろか)と星菜(ほしな)が車に戻ると、虹乃(にじの)は運転席で晴瑠(はる)とじゃれていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
芦花は虹乃に声をかけて後部座席に乗る。
晴瑠は芦花の隣に座りなおした。
「何か良い策は思いつきました?」
「いいえ。まだ何も」
「ですよね」
虹乃は落ち込んだ様子もなく、運転の準備にとりかかった。
「受付のお姉さんが身長150センチくらいだったわ」
助手席に乗った星菜が報告する。
「えっ、尾行するの?」
「やらないわよ、面倒だし」
虹乃と星菜が適当な会話をしていた。
「そういえば虹乃は学生の時は何部だったの?」
芦花は虹乃に訊いてみる。
「カブリ数物連携宇宙研究部です」
「なんで二人ともそんなマニアックな部活動をやっているのよ!?」
想定外の答えについ声が大きくなる。
何を研究しているか見当もつかない部活だった。
星菜といい虹乃といい、珍しすぎる部活動だ。
いろいろ疑問が湧いてくる。
「名前を聞いただけでも面白そうだったので、入部したんですよね」
「どんな研究をしていたのよ?」
「数学と物理学の連携により暗黒物質などの宇宙の最も根源たる謎の解明に挑む研究ですね」
「……なんか面白そうじゃないのよ」
具体的な研究内容は全く想像できないけれど。
どれだけ頭が良ければ、そんな部活動に参加できるんだ?
「芦花さんは何部だったんですか?」
逆に虹乃から芦花に質問が来る。
「弓道部よ」
「ああ、芦花さんは弓道衣が似合いそうですね」
「そうかしら?」
「ええ。和服が似合いますよ」
「弓道衣は臭いがきつくて嫌なだけだったんだけどね」
弓道部にあんまり良い思い出はなかった。
さしてうまくもなかったし。
「なんで部活の話なんですか?」
虹乃が芦花に訊く。
「イブキトラノオって運動神経がよさそうだから、部活をやっていたら記録が残っていそうだなっていう話よ」
「ああ、イブキトラノオの部活動ですか。忍者部とかじゃないですか?」
「さもありそうな感じで言っているけれど、そんなメジャーな部活じゃないわよね!?」
ありそうだけれども。伊賀とか甲賀の里にはありそうだけれども。
「忍者部の全国大会を調べてみますか?」
「全国大会があるの!?」
参加県は2県しかなさそう。
「わたしの高校時代の友人が団体戦で全国3位って言っていましたよ?」
「3県以上参加校があるの!?」
エクストリームアイロニング部にカブリ数物連携宇宙研究部に忍者部に。
世の中にはいろんな部活があるのだと、芦花は驚いていた。
美術館からの帰路もやっぱり渋滞していた。
芦花達と同じ時間帯に美術館から帰る人が多かったようだ。
虹乃は早々に自動運転に切り替えてスマホを眺め出した。
「帰るまで時間かかりそうですね」
「そういえばエクストリームアイロニング部って何をしていたの?」
芦花は訊き損ねていたことを思い出した。
「面白いところでアイロンをかけるだけですよ。わたしたちは、校庭でアイロンをかけたり、学校の屋上でアイロンをかけたり、校長室でアイロンをかけたりしました」
「どういう競技なの……?」
自由だな。
「日本記録だと富士山の山頂でアイロンをかけた記録がありますね」
「ちゃんと記録があるんだ…」
芦花が知らないだけで意外と競技人口がいるらしい。
「記録保持者のそのときのコメントとして『アイロンをかける場所までにたどり着く過程もエクストリームアイロニングの魅力。目的地にたどり着くまでの過程や目的地の景色を堪能した際は、「アイロンをかけなくてもいいのでは」と感じるときもある』という言葉を残していますね」
「だって、わざわざ富士山頂でアイロンをかける意味は分からないものね…」
アイロンは服のシワをとるためにやっているはずなのに、わざわざ山に登ってまでやる意味は分からない。
それでも一生懸命アイロンがけをやっているんだろうなぁ。
なんか興味がでてきたな。
帰ったら動画でも探そうか。
「あ、動き出しましたね。芦花さんはこのまま直帰しますか?」
「そうね、私はいつも通り、家まで送って」
「了解です。買い物とかはいらないです?」
芦花はスマホの画面を見る。
相方からのメッセージが数件入っていた。
「必要な買い物は相方が全部してくれたみたいだから、直帰で大丈夫よ」
「あら、相変わらずラブラブで良いですね」
星菜が些細な冷やかしを入れてくる。
いつものことだ。
「虹乃と星菜はこれから二人でデート?」
芦花もたまには反撃することにした。
「わたし達が付き合っているって知っていたんですか?」
星菜が驚いていた。
「知ってはいないわよ。二人とも髪から同じローズの匂いがしたから、もしかしたら昨日は二人でホテルにでも行って遊んでいたのかと思ったのよ」
「……正解です。よく分かりましたね」
虹乃も驚いていた。
「流石の推理力ですね」
星菜が褒めてくれる。
「私もあのホテルに行ったことあるのよ」
芦花は溜息交じりに言った。
こんな理由で二人が付き合っているのに気付くなんて、こちらも気恥ずかしかった。
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