第4話 芦花
「建物の構造はきちんと頭に入れておいてね。どこにどう警備員を配置するかは星菜(ほしな)に任せるわ」
芦花(ろか)は地図と実際の建物を見比べながら言った。
「分かりました。警備の人員は二十人くらいですかね」
「いつも通りって言っていたから、そのくらいだろうね」
本腰を入れて捕まえる気のない人員数だった。
しかし、その中で芦花たちは最善を尽くして警備しないといけない。
真面目に捕まえようとする仕事なのだ。
「あと、監視カメラもチェックしておいて。やれるなら前日に配置をずらすから」
「はい」
イブキトラノオはもう既に監視カメラの配置を確認しているに違いない。
その上で監視カメラに映りにくいルートで侵入するだろう。
だから直前にカメラの位置をずらしてイブキトラノオの計画を狂わせる。
ただ、そのくらいのことは今までもやってきている。
こんなカメラの変更なんて初歩的な作戦が役に立ったことはない。
イブキトラノオはこちらの考えなど手に取るように理解しているのだろう。
それだけ芦花たちは負け続けてきた。
「芦花さんは美術館定理って知ってます?」
「いいえ。何の話?」
「数学の話です。n個の壁で仕切られた美術館を、何人の警備員で監視できるか?っていう問題です」
「星菜が数学の話なんてするのね」
「イブキトラノオについて調べるついでに、警備の仕方を調べていたら見つけました。虹乃とも話したんですけど、虹乃はよく知っていましたね」
芦花も星菜も数学に明るいわけではない。
対して虹乃は得意そう。
この三人は趣味も特技もバラバラだ。
「美術館ってたいてい四角いから、真ん中に一人の警備員を置けば全部監視できるでしょ」
「それが通路とかも含めて、どこにどう置けば良いか、数学的に示せるんです」
「よく勉強したのね」
「でも結局、何人配置すればよいか分からなかったです」
せっかく褒めたのに、星菜は元気よく残念な返事をした。
「いや、だって『任意のn角形の美術館は、高々3分のnを超えない最大の整数人の警備員で監視が可能である』とか言われるんですよ。日本語なのに意味わかんなくないです?」
「確かに分かんないわね」
芦花も数学に造詣は深くない。
「こういうのって凡人に分からないようにわざと難しく書いている気がするんですよね。性格悪い」
「そんなことで僻むのも性格悪いと思うわよ」
「えっ、わたしにが攻められる方向!?」
そんなことを話ながら、美術館を進んでいた。
「あ、山城の壺ですよ」
二人で山城の間に踏み入れると、星菜が真っ先に山城の壺にかけよった。
亜麻仁油のかかった茶色い床。
今日、一番多くの人が集まっているところ。
今回のイブキトラノオの標的、山城の壺。
星菜はじっと山城の壺を見ていた。
山城の間の中央に目立つようにして入れられた山城の壺は、360度から人々の視線を集めている。
芦花が星菜の後ろに立つと髪からローズの匂いがした。
芦花は建物の構造を地図と見比べながらじっくり見ていた。
四角い大きな部屋の中央に山城の壺。
繋がる通路は二つ。
入口と出口。
ここを通さなければ山城の壺は盗まれない。
ここの警備を固めるのが定石になる。
あとはトイレと他の部屋へ繋がる扉が一つ。
パンフレットにも描かれていないところを見ると、物置かしら。
後日、従業員に確認しておこう。
芦花は頭の中で警備状況を思い描く。
例えば、入口と出口に警備員を配置する。
怪しい人も怪しくない人も関係なく人っ子一人一切合切通さない。
そんな状況で、盗む側に立った場合になって考えてみる。
警備員を何らかの方法で突破するはずだ。
まず一つは、何かしらに注意を引きつけ、盗みに入る隙を作る。
または警備員が気付かないような侵入方法があるかどうか。
床や天井に隙間があるわけはないので、想像しにくいな。
「思ったより大きいですね。水3リットルくらいなら入りそうですね」
星菜は山城の壺の感想を芦花に告げる。
「ねぇ、星菜。あの大きさの壺を盗んでいくとしたら、手で持って移動するかしら?」
「さすがに鞄とか、最低でも風呂敷とかは使うと思いますよ」
「だよねぇ」
山城の壺はいかにも壺らしい壺の形をしている。
持ちやすい取っ手があるわけでもない。
これを運ぶとなるとかなり気を揉みそうだ。
油断していると落としそうになる。
「そういえば、泥棒の持っている風呂敷ってなんでいっつも唐草模様なんですかね?」
星菜が唐突に質問してくる。
「ああ、泥棒のイラストでよくあるやつ?」
「そうです。緑色の唐草模様の風呂敷で盗んだものを背負ったり、顔を覆ったりしているじゃないですか」
「あの風呂敷は明治時代のヒット商品よ。どの家庭にもあるレベルで売れたらしいわ」
「へぇ~」
星菜は感心していた。
「泥棒は最初にタンスの一番下から風呂敷を盗み出して、下の段から順番に風呂敷にお金になりそうな物を入れていって、最後に風呂敷を包んで家を出るのよ」
「それだと、イブキトラノオも鞄とか持たずに現地調達の可能性がありますかね?」
「この山城の間にそれっぽいものは無いわよ」
「そうですね。売店にはエコバッグとか売っていますけど」
「そんなちゃちなものを使うかな?」
「使わなさそうですよね」
芸盗のイメージをするだけして、具体的な対策を思いつかないまま、今日の視察を終えた。
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