第3話 芦花

「イブキトラノオってどんな人物なんでしょうね?」

「案外、その辺にいる普通の女でしょうよ」


星菜(ほしな)の質問に芦花(ろか)はぞんざいに応えた。


「芦花さんは、イブキトラノオの素顔を見たことがあるんですか?」

「え、いや、無いわよ?」

「まだ男か女かも分からないのに、女は確定なんですか?」


虹乃(にじの)は矢継ぎ早に芦花に質問する。

芦花は失言だったことに気付いた。


「確定ではないけれど、女だとは思うわよ。干支町でしか活動していないわけだし、それに背も低かったでしょ」


芦花は焦っている内心を外に漏らさないように早口で答えた。


「そうですよね。イブキトラノオって背は低かったですものね。150センチぐらいですかね?」


三人とも警備でイブキトラノオを見たことはあった。

虎の面を被っていたから、そこで素顔を見たわけではなかったが。


「干支町の住人の身長を全員分調べてみる? イブキトラノオっぽい人が見つかるかもしれないわよ」

「人口2万人以上なんですから、150センチぐらいじゃまったく絞れないですよ。美術館関係者の方がまだ絞れますって」


芦花の提案に虹乃が反対する。


「美術館関係者かつ身長150センチならかなり絞れるでしょ?」

「それなら、100人くらいには絞れるかもしれないですけれど」

「そもそも、町民の身長データはあるんですかね?」


星菜が疑問を口にする。


「病院とか、職場の健康診断とかのデータを調べさせてもらえば出来そうだけど」


虹乃が溜息を吐く。


「それはそれでプライバシーの侵害にあたるから、許可を取るのが大変そうね」

警察の権限で出来ないことは無さそうだ。

しかし労力に見合った成果は出せないだろう。

イブキトラノオだってそれくらい対策しているはず。

そんな簡単なことで身バレするようなヘマはしない。



「到着です」

虹乃が報告する。

渋滞を抜けてようやく美術館に到着した。

ミズノト美術館は大盛況だった。

この大盛況は間違いなくイブキトラノオの影響だ。

まず駐車場にスペースが空いていない。

臨時の駐車場まで設営されていて、交通整理員が旗を振って誘導している。

駐車場に車を停める際に「2時間以内に出庫してください」と言われた。

現在は3時。

美術館の閉館は7時。

警察の権限で長くいさせてもらうことは出来るかもしれないが、今日はただの下見。

今日のところは2時間以内に切り上げることにした。

芦花と星菜が美術館に行く間、虹乃と晴瑠(はる)には車に残ってもらうことになった。


「怪しい客がいないか車内から眺めています」と虹乃は言っていた。

しかし、見た目でイブキトラノオが分かるようなら、警察もここまで苦労はしない。

期待しないでおこう。

芦花と星菜は入場門から続く行列に並んだ。


「かなりの人が並んでいますね」


ここに来るまでの渋滞や、駐車場の様子からある程度の混雑は想像してはいた。

けれど、想像以上に人が連なっていた。


「普段の平日なら、日に百人くらいのお客さんしか来ないそうです」

「平日はそんなものなのかしらね」


今日は千人以上の客が来ていることだろう。

芦花と星菜は美術館の年間パスポートを取り出した。

イブキトラノオの案件を担当するようになって、警察本部から支給されたパスポートだ。

これがあれば干支町中の美術館に入れる。

これがないとイブキトラノオの捜査はやっていけない。

美術館の建物に入って、受付の人にパスポートを見せる。

「いつもありがとうございます」という挨拶が返ってきた。


「星菜はこのミズノト美術館に何回来たか覚えている?」

「もう数えるのも嫌になるくらいですかね」

「私もよ」


受付の人に顔を覚えられて、私達が警察だということも覚えてもらっているんだろうな。


「あの受付の人、身長150センチぐらいでしたね」


星菜が芦花に報告する。

イブキトラノオの可能性があるかもってことか。


「身元確認とかしてみる?」

「流石に手間ですよね。多分イブキトラノオじゃないと思いますし」

「あら、どうして?」

「イブキトラノオってバリバリに動くじゃないですか。今の受付の人は四十代くらいの年齢だと思いますけれど、イブキトラノオは二十代だと思っているんですよね」

「ああ、それは参考にしたい考えね。イブキトラノオは運動神経抜群だからね」


華麗に美術品も持ち去って、素早く走っていく姿は何度も見た。


「その線でいくと、学生の頃は運動部の大会で優秀な結果を出しているかもしれません」

「陸上部とか?」

「足が速いだけなら、他のスポーツでも良さそうですけど」


盗みの技能に特化した部活動なんてあるだろうか?


「窃盗部?」

「そんなものを部活として存在させている学校が異常ですね」


それはそう。


「星菜は高校生の時は何部だったの?」

「エクストリームアイロニング部です」

「何それ?」


聞いたことのない部活動だった。


「山とか海とかの過酷な所へ行ってアイロンをかけるスポーツです」

「そんな部活があるの!?」


窃盗部より存在性が怪しくないか?

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