第2話 女幽霊 Aパート

昼休みの教室だった。

3人の少年が机を寄せ合って、昼食をとっていた。


もそもそとコンビニ売りのコッペパンを食べていた少年が、友人の弁当をジトリと見た。


「からあげ、いいなぁ」


聴こえなかったのだろうか?

からあげ弁当の少年は、一顧だにしない。


「俺さ、知っての通りひとり暮らしでさ、仕送りもほとんどなくてさ、袋ラーメンばっかなんだよね」


などと聞こえよがしに言った後で


「いいな! からあげ!」


コッペパンの少年が一層声を強めて訴える。


カチャリ、とからあげ弁当の少年が箸を置いた。


「その場で三遍(べん)回ってワンと言ったら考えよう」


よっしゃ! とばかりにコッペパンの少年が席を立ったところで


「薫(かおる)よ、おまえ人としてのプライドないのかよ」


ミニハンバーグがメインの弁当をつかっていた少年がドン引きした表情でとめた。


「うっせえ! プライドで肉が食えるかってんだ!」

「わかった、わかった。そんなに肉が食いたいんだったら、僕のハンバーグ分けてやるから」

「お前はホント優しいな…」


薫と呼ばれた少年はほっこりと言ったあとで「けどな!」と続けた。


「お前のハンバーグは肉じゃない、トーフじゃろがい!」

「トーフハンバーグ、美味いだろうが!」

「俺が食いたいのは肉なんじゃ!」


ははははは、とからあげ少年が余裕の高笑いをした。


「では、見せてもらおうか? 薫、貴様のホンキをな!」

「おお! 見せたるわい!」


薫が1回まわって、2回まわった、その時のことだ。

視界の端に、外から帰ってきた女子グループのうちの1人が机の脚にけつまづいたのが見えた。


咄嗟に薫は身を投げ出した。


「ぐへ」


と声が出たのは、床に倒れた衝撃と、背中に女子が乗りかかった重さとで、だ。


女子が退き、薫は四つん這いで起き上がりながら


「怪我はない?」


と自分なりに最上級の笑顔を浮かべて女子を見上げた。


「むり」


女子は言った。


「むりむりむりむりむり、無理だから」


毛虫でも触れてしまったみたいな顔で言うと、女子はグループに逃げ込んだ。


「大丈夫?」


と女子のうちの1人が心配しているが、怪我の有無を確認しているというよりも、薫に変なことをされなかったかと心配しているようにしか聞こえない。


「おっかしいな…」


俺、なんかしたか? 薫が弁当仲間を見上げると、2人とも気の毒そうに首を振る。


「いいや、お前はなにもしてない」

「むしろ良いことをした」


だったらさ。と薫は問うた。


「なんなん、あの反応? ひどくね? 普通はあそこで」


助かりました、と薫は女の声音で言うと


「お礼にデートしませんか? というかひとめ惚れしました、付き合いましょう! 大好き、ラヴぞっこん!」


って


「なるじゃろがい!」


薫は床を両こぶしで叩いた。


「いいや、そうはならんだろ」

「そういう妄想癖がキモイんじゃねーの?」

「とはいえ、なんで薫は女に毛嫌いされるんだろうな?」

「バカだけど好い奴なんだけどな、バカだけど」


出来事を見ていた男子連中が口々に薫をなぐさめる?


「まぁ、いいじゃんか。女にもてなくても、こうしてダチにもてるんだからよ」

「嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ! 俺は100人のダチよか1人の女子のがイイんじゃい!」


立ち上がって人目をはばかることなく宣言した、時である。


ガラリ、と教室のドアが開けられた。

黒髪ロングの少女がいた。


「すっげー美人」


誰かが感嘆する。


「知んないのかよ、お前。2年の七星(ななほし)スズメ先輩ったら他校でも有名だぜ」


そんな先輩が1年のクラスに何の用がと注目が集まるなか


「花園薫、居るかしら?」

「うっす! ここに居るっス!」


呼ばれて、薫はビシリと挙手した。


「行くわよ」

「サー、イエスサー」


返事した薫は、いそいそと食べ残しのコッペパンを口に詰め込んだ。

そうしてスズメに続こうと教室の出入り口に向かったところで、ふっと立ち止まり、事態に戸惑っている男子連中を振り向いた。


「じゃ、行ってくるぜい!」


てめぇ、この裏切者が!

男子からとぶ罵倒を薫はニッコリと受け止めて


「はっはははは、負け犬どもの遠吠えが心地いいわい」


いっそ殺意にまでヒートアップした怒声を背に受けて、教室を後にした。


「まったく、あいつは…」


トーフハンバーグの少年が嘆息し


「見てて飽きないわ」


からあげの少年はからから笑うと、最後のひとつを頬張った。






レストランで、しくしくと女が顔を両手で覆って泣いていた。

が、人間ではありえないことには、髪が海藻のように揺らめき、ポルターガイストでテーブルや椅子が空中に浮いている。


「あれを祓うんスか?」


調理場のスイングドアを薄く開けて、薫が指差す。


「そうよ」


と、同じく顔を覗かせながらスズメがうなずく。


「ナナ先輩と、俺だけで?」

「そうよ」


いやいやいやいやいや、と薫は手を振った。


「里(さと)先輩は?」

「エセ宝塚は家の事情で欠席」

「池之宮さんは?」

「志保は日本舞踊とお琴のレッスン」

「ニキは?」

「ぶっち」


いやいやいやいやいや、と薫はさっきよりか大きく手を振った。


「無理っしょ?」


そんな薫をスズメはキッと睨み据えた。


「情けないことばかり言ってないで、あんたそれでも玉ついてるんでしょ?」

「いやまぁ、ついてるスけど。ナナ先輩、セクハラっスよ?」

「馬鹿じゃないの? わたしみたいな美少女の場合はご褒美って言うのよ」

「…たしかに、じゃっかん興奮したっス」


キモ、とスズメが苦い顔をする。


「というかさ、マジな話するけど。これは祓いの仕事なの、逃げ帰ったところで1銭も入らないんだからね」

「あの~」と薫が申し訳なげに

「俺、ふた月ぐらいアイドルとして活動してますけど、1円も報酬もらったことないス」


マジ? とスズメが目を丸くして確認する。

マジっス。と薫がうなずく。

それじゃボランティアじゃん。スズメが言えば

むしろ交通費は自分持ちなんで、ボランティア以下っス。薫がうなずく。


「あ~~、なんていうか…ドンマイ?」

「いや、ドンマイじゃなくて。どうにかなんないスかね?」


わたしに言われても。と思案していたスズメがハタと手を打った。


「だったら、あいつを祓った報奨金、わたしの取り分をあんたにまるまる上げるわよ」

「根本的な解決になってないような気がするんスけど…」

「ふ~~~ん、じゃあ今の話は無しで」

「嬉しぃっス、感謝感激雨あられ、ありがたくいただきます」

「最初っからそういう風に言えばいいのよ」


ところで。と薫は少しばかり声を潜めて


「幽霊を祓った報奨金って幾らぐらいなんスか」


なんせアイドルである。

ネットのコメントだと、1回の退魔で何千万円も貰えるらしい。


「5万ね」


だから、スズメの答えに薫は思わず


「は?」


と返してしまった。


「ああ、ゴメン。間違ってた」

「そうっスよね」


ほぅ、と胸を撫で下ろした薫に


「ただしくは1万5千円ね、7割は事務所が持っていくから」

「大人ってやつぁ…」

「あんたが何を期待してたか、だいたいは分かるけど。考えてもみなさいな、日本の経済は30年以上も停滞してるんだし、そもそも、わたし等みたいなマッシュルームに位置するアイドルなんて掃いて捨てるほどいるんだから」

「にしたって、命懸けの仕事っスよ?」


ああ、そっから考え違いしてるんだ。

スズメは納得したように呟くと


「あのね、今回わたしたちが受けたのは幽霊の祓いだから、妖魔退治ほど危険性はないのよ」

「そうなんスか?」

「まぁ、妖魔ってもこのあいだのくまちゃんみたいなのもいるからピンキリなんだけど、大概は幽霊のほうが格下ね」

「じゃあ、危険性はない」

「はずないじゃない」


言いつつ、ふわふわと浮遊するテーブルや椅子をスズメは目顔でさす。


「ぶつけられたら大怪我確定、へたすりゃ」


うぇ、とスズメは白目を剥いて舌をだした。


「とはいえ、避(よ)けりゃいいだけだし。余裕っしょ」


いやいやいやいや、と薫は手を振りつつ、首も振った。


「無理っス、俺ってば一般ピーポーっスよ?」

「何言ってんの。あんた、九十九(つくも)神、憑いてるでしょ?」

「いちおう」


と薫は大ぶりのベルトポーチからハンディカメラを取り出した。


なんとも古いカメラだ。

それもそのはずで、発売されたのは30年以上も昔。デジタルどころか、アナログのカセットテープに記録するタイプのハンディカメラなのだ。


薫はカメラを手にすると、何とはなしにレンズ越しに幽霊を覗き見た。


「だったら身体能力もあがってるじゃない、あれぐらいのテーブルや椅子は余裕でしょ?」

「つーか、俺。このあいだの体育の400メートル走でドンケツですよ?」


応えながらズームUP。

なかなかにスタイルのいい幽霊なのだ。


「そんなことってある? わたしが九十九神と契約したのは小3だけど、ジャングルジムのてっぺんまでジャンプできるぐらいにはなれたわよ」


Dか? いいや、Eはあるだろうか?


「それって、当時からナナ先輩にファンがいたからじゃないんスかね?」

「それはあるかもね。わたしってば、小さい頃から可愛かったし」


ふふん、と鼻を鳴らしたスズメは、けれど一転して目を剥いた。

気が付けば、薫が四つん這いの姿勢のままスイングドアを開けて、店内に向かっているのだ。


「このバカ!」


止めようとしたが、もう遅い。


『だれ!』


幽霊がこちらを向いた。


刹那! 薫のセンサーがハッキリと計測をした。

Eの70


ギラリ、と薫の目が輝く。


咄嗟に立ちあがって警戒姿勢をとったスズメは見た。

薫がゴキブリもかくやの動きとスピードでテーブルや椅子を避けて、あっという間に女幽霊の隣りに立つのを。


「はやい!」


思わず感嘆してしまうほどだ。

もっとも動きは気味が悪かったけれど。


薫は、圧倒されて立ち竦む女幽霊の手を馴れ馴れしく取った。


「あなたに涙は似合わない」


へ? と声を漏らしたのは、スズメだったか女幽霊だったか。


「泣いている理由(わけ)を訊いても?」

『…彼と待ち合わせしたんです。でも、何時まで経っても来てくれなくて』


モゴモゴと幽霊が答える。


「ゆるっせん!」薫は吠えた。

「あなたみたいな美人になんてことを!」

『美人だなんて、そんな…』

「いいや、あなたは間違いなく美人だ! というか! 付き合ってください!」


はぁ?! と今度こそスズメの声が店内に響いた。


女幽霊がそんなスズメをちらりと見遣る。


『でも、あそこの女はどうするの? あなたの彼女でしょ?』

「捨てます! 今の俺にはあなたしか見えない!」


答えを聞いて、女幽霊が勝ち誇った顔をスズメに向けた。


「ッてめこの花園薫、いい加減なこと言うな! てかその顔、ムカつくんだけど!」


スズメが声を張り上げるも、女幽霊はますます笑みを深める。


と、女幽霊が見せつけるように薫の首に両腕を絡めて、少年の顔を自らの胸に埋めた。


へぶぅぅううううううううううううん!

リビドーが振り切れた薫が鼻血を噴出させた。


「まぁ、ダーリン。大丈夫?」


薫を胸から解放した女幽霊が


「んん?」


眉をひそめた。


そこに居たのはダーリンじゃない。

ハニーだったのだ!

薫は少年から少女へと変化していた。


みるみる女幽霊の形相が般若へと変わる。


『だましたわね!』


んぎゃあああああああああ


そこからもまた薫は速かった。

ゴキゴキゴキキとばかりにスズメのもとに戻ると


「誰と誰が付き合ってるって?!」


スズメもまた鬼の形相だった。


「つい見栄が! 男の子として言ってみたかったんス!」

「そんな屁のつっぱりにもならない見栄、ザリガニにでも食べさせなさい!」

「ザリガニが腹壊しそうっス!」

「じゃあ、あんたはザリガニ以下ってことね!」

「生きてて申し訳ないっス!」


と、そんな遣り取りを


『ぅうおおおおおおおん怨怨怨ぅおおおおおおおおおんんん』


おどろおどろしい声が遮った。


「まっずいわね、怨霊化してる」

「あ、あれ祓えるんスか?」


テーブルや椅子だったものが空中に乱舞していた。

壁や床や天井が削れて、工事現場にも似たけたたましい音を立てている。


「無理」


お手上げ、とばかりにスズメが口にする。


「だ、だだだったら、いいいい今すぐ、撤退したほうが…」

「それは却下。幽霊を祓えないどころか、怨霊にまで転化させたなんて知られたら、今度こそアネモネは解散させられちゃう」


口を引き結んで思案していたスズメだったが


「仕方ない!」


決断したみたいに顔を上げると、薫を見据えた。


「今は女同士だから、ノーカン!」


な、なんスか? と逃げ腰でビビり散らかしている薫の顔をグワシと両手で挟むと。

キスをした。

スズメの唇と、女薫の唇が、重なった。


ちゅ、ちゅば、ちゅーーーーーーーーーーーーーー

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