退魔士と書いてアイドルと読む、そんな世界(仮)

飯屋魚(ままやとと

第1話 お祓いアイドル、アネモネ

街中の大通りでくまちゃんが暴れていた。


くまちゃん、である。

熊ではない。

体高2メートルほどの縫いぐるみのくまちゃんが傍若無人に暴れていた。


既に避難が終了して人気のない通りで、ごろんちょごろごろとアスファルトを転がっているのだ。


見る人が見たのなら、きっとこう思うだろう。

あんなに汚れちゃって、洗濯どうしたらいいんだろう…、と。


ともかく、くまちゃんが大暴れしていた。


しょせんは縫いぐるみなので器物への被害こそないものの、通行止めは至急に解除しなければならない。


そこで呼ばれたのが。


「「「「「 アネモネ、参上! 」」」」」


ズババン、とばかりに5人の少女が戦隊ヒーローばりのポーズをとった。


もっとも、着ているものはまちまちだ。

スクールシャツにネクタイという制服の女の子もいれば、セーラー服の女の子もいるし、Tシャツにショートパンツというスポーティーな私服の女の子もいる。


「…はずぃ」


ポツリと漏らしたのは、ネクタイを制服にしている2人のうちの片方だった。

いいや、こちらの女の子はスカートではなしにズボンをはいている。まッこと、ジェンダーレスな世の中である。


そんな彼女をキッと睨んだのは、同じ制服でもチェック柄のスカートを身につけている女の子だ。

なんとも勝ち気そうな顔立ちである。例えるのなら猫だろう。それも野良だ、野良でありながら人間からの施しには見向きもしない、そんなたぐいの猫である。


もっとも気が強そうななかにも、愛嬌を感じてしまうのは、その顔を5人の中でいっとうに赤く染めているからだ。

もちろん怒気からではない。羞恥である。


「ねぇ、これってやる必要あるの?」


言いながらポーズを解いたのは私服姿の女の子だった。

いかにも活発そうで、オールバックにポニーテールという髪型をしている。


たぶんだが女子からもてるに違いない。

圧倒的なイケメンオーラがあるのだ。


それを切っ掛けに、やれやれとばかりに銘々がポージングを解いた。


「わたしだって、やりたかないわよ! けどグループ名を憶えてもらうには、インパクトは必要でしょうが」

「言いたいことは分かりますけど…でも、避難して誰も見てないですよね、これって」


眉尻を下げたのはセーラー服の女の子だ。

メガネをかけていて、慎ましやかな楚々とした雰囲気がある。


が!


そうした雰囲気とは正反対に、装備しているものが凶悪だった。

たわわ、なのだ。

実っているのだ。

制服の胸元がはちきれんばかりであった。


「ボクは楽しいよ」


屈託なく笑っているのは女児だった。

8歳ほどだろうか。

赤毛と顔立ちから、海外の人の血が入っているのが分かる、美人ちゃんだ。


爆に…もといメガネさんと同じセーラー服を着ているのは、初等科とかそういった感じなのだろうが、違和感があるのは腰に巻いている代物だった。


おもちゃの変身ベルトを装着しているのだ。


女児のいたいけな容姿と、鈍色(にびいろ)のメカメカしいベルトは、あまりにもチグハグであった。


とはいえ、本人は気にしていないようで


「へ~~~ん、しん!」


などと言いながら、昭和生まれにしか分からないようなヒーローの真似をしている。


すると、ギュルルルルルル、変身ベルトに搭載されているセロファン表示のサイコロが回転を始めた。


出目は……2。


カシャリ


サイコロが消えて、セロファン表示が影絵のオオカミを表示する。


途端だった。

女児が光に包まれ


「わぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」


こんまいオオカミが、ちんまりとお座りをしていた。


「外れですね」


メガネちゃんが相好を崩しながら言う。


と。そこに、ヒ~ラリヒラヒラ、蝶々(ちょうちょ)が風に泳いで来た。


「わふ!」


オオカミちゃんがジャンプ。

しかし残念、届かない。


ヒ~ラリ


「わふ!」


ヒラヒラリ


「わわふ!」


のどかに戯れているオオカミちゃんをズボンの女の子が抱き上げた。


「んで? どうするんスか?」


と、くまちゃんを目顔で見遣る。


くまちゃんはごろんちょをしてなかった。

いわゆる、くまちゃん座りをしてキョトンとした顔を4人と1匹に向けていた。


「…………」


女の子たちが顔を見合わせる。


「あれって、退治しないといけないもんなんスか?」

「妖魔だし…」


勝ち気ちゃんがモゴモゴと言う。


「保護ってできないの?」

「どうなんでしょう? 危険性が無いと判断されたなら、施設に入れてもらえるんでしょうけど」

「いちおうッてことで、マネージャーに問い合わせてみるっスか?」


ズボンの女の子がスマホを取り出そうとしたところで


「むぅううううううう、まだるっこしい!」


勝ち気ちゃんがタイを外すと


「セイ!」


気合の声と共に、タイが仄かな光を帯びた薄刃の剣となった。


「退治しろって依頼が来てるんだから、さっさと退治しなきゃなのよ!」


駆け出した勝ち気ちゃんは、けれど10歩も進まないうちにピタリと硬直した。


「…どういうつもり?」


そう呼びかけられたメガネちゃんが体を竦める。


何等かの術を施しているのだろう。

髪をまとめていた笄(こうがい)を右手にうっすらと汗をかいている。


と、硬直した勝ち気ちゃんの前に、スケボーでイケメン少女が音もなく回り込んだ。

音もなく、である。

スケボーにはタイヤがなかった。ボードが薄く宙に浮いているのだ。


同時に勝ち気ちゃんの硬直が解け、メガネちゃんはといえば力尽きたみたいにへたり込んでしまっていた。


勝ち気ちゃんとイケメン少女が睨み合う。


「邪魔するつもり?」


勝ち気ちゃんが言えば


「だったら?」


イケメン少女が真っ向から対峙する。


数瞬、バチバチと火花が散るほどガンをつけ合っていた2人のうちで、ふっ、と勝ち気ちゃんが嘲笑を浮かべた。


「べそ掻きだったくせに」


ボソリと言い放つ。


イケメン少女の表情が引きつった。

と。余裕の笑みをみせて


「おもらし、小2までしてたっけ?」


言われて、今度は勝ち気ちゃんの頬が引きつる。


「いまだにお化けが怖いのかしら?」

「グリーンピースは食べられるようになった?」

「そっちこそセロリ吐き出してたじゃない!」

「こぉんの、脳筋!」

「エセ宝塚!」


むきーーーーーーーーーーーーーー、と顔を突き合わせていた2人が、不意に


「「なに撮ってんのよ!」」


同時に振り向いた先には、頭のうえにオオカミちゃんを乗せたズボン少女が、古風なハンディカムカメラを片手にして撮影をしていた。


「いえいえ、俺のことは気にせず、どうぞキャットファイトをしてください」


どうぞどうぞ、とにやけた顔をした俺っ娘に、2人がまなじりを吊り上げた。


その時だ。

ごろんちょ、とくまちゃんが再び転がり始めた。


「きゃ!」


と勝ち気ちゃんとイケメン少女が尻もちをつく。


拍子に勝ち気ちゃんのスカートがめくれた。

めくれてパンツが見えてしまった。


「しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


叫んだのはズボンの女の子だった。

迸ったのは声だけじゃない。

ズバババババ、と鼻血もまた盛大に噴き出した。


残念過ぎる少女…しょ…うじょ?


いいや!

少女ではなかった!


不意に黒いモヤがまとわりつき、それが晴れると、ズボンを履いた少女は、ズボンをはいた少年に変わっていたではないか!


「煩悩退散!」

「女の敵!」


勝ち気ちゃんの正拳突きが、イケメン少女のハイキックが、ほとんど同時に少年に炸裂した。


「ぐへえええええええええええ」


錐もみして少年が吹っ飛ぶ。


「はぁ」


溜め息をついたのは、メガネちゃんだった。


呑気にゴロリンゴロゴロと転がっている妖魔。


わたしの一撃のが早かった。

なに言ってるんだか、あたしのが早かった。

そんな言い合いをしている、勝ち気ちゃんとイケメン少女。


鼻血を垂らして幸せそうな顔で気絶している少年と、彼の腹の上で丸くなって舟をこいでいるオオカミちゃん。


そんな様子を見て。


「10回連続の失敗ですね」


メガネちゃんは応援を呼ぶべく、スマホを取り出したのだった。






アイドル。

所有する九十九(つくも)神を媒介として、人々の崇拝をパワーに変える、退魔士の通称である。

抜群の人気を得たアイドルはスターとも呼ばれ、彼等彼女等は人類の危機を幾度となく救った。


が。それはもはや40年以上も昔のこと。


SNSの発達でテレビや雑誌といったオールドメディアは衰退し、特定のアイドルをごり押しして人気を集めることは難しくなった。

また、時代と共に妖魔が弱体化したことで、アイドルの退魔士としての活躍は事件ではなしに、娯楽として報道されるようにもなってしまった。


つまるとこ。

危機感が無くなり、娯楽が多様化し、アイドルへの注目度が薄くなってしまったのだ。


だからだろう、今やアイドルが個人で活動することは無くなった。

少しでも人々の耳目に触れるよう、多人数のグループとして活動し、メンバーの個性を前面に押し出すのが主流となっていた。


この物語は…。

スターになるなどおこがましい、アイドルのヒエラルキーのド底辺に位置するグループ『アネモネ』の5人がどうにかこうにか崇拝(ファン)を集めようと奮闘するお話である。

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