novel.44 光紀との会話

 お風呂から上がると、天沢さんが次にお風呂に入って行った。置いてあった着替えを借りて、髪を乾かして、お母さんに挨拶しようとリビングに行くと、そこには光紀君が座っているところだった。光紀君は私を見ると、椅子から立ち上がった。


「あ、あの……!」


「あ、光紀君だよね?さっきは丁寧に挨拶してくれてありがとう」


 私がそう言うと、光紀君は少し俯いた後に私をもう1度見た。


「あ、あの、汐宮さん。少し聞きたいことがあります。一紀ねぇのことで」


 私はうん、とおずおずと頷いて、その言葉に応えた。





「それで光紀君。話って……?」


 沈黙の間を破って私がそう尋ねる。光紀君は落ち着きがなくそわそわしながらも、私を見たり目線を外したりしながら、また私を見て、そうしてようやく口を開いた。


「一紀ねぇから、もう聞いてますか?」


「……なんのことかな?何か学校のこと?」


「……一紀ねぇの中学時代の話です。一紀ねぇが隠しても、ここら辺に住んでいるなら、いや、同じ学校に通っているなら、絶対聞いてますよね」


 そこで私はとある話が思い当たった。多分光紀君が言っているのは……。


「……もしかして雪城さんのこと、かな?」


 私がそう言うと、光紀君ははっ、とした後に私の顔を見た。


「……誰から聞きましたか?やっぱり、一紀ねぇと同じ中学の人?それとも一紀ねぇの友達か誰かが……」


「ううん、天沢さんが直接話してくれたよ」


「……っ!?そんな、一紀ねぇが自分であの話するわけない!」


 光紀君は私の顔をまじまじと見て、ありえない、という顔をしていた。でも私はなんていうことも出来ずに、そのまま光紀君がまた話し出すのを待った。すると光紀君はため息をついて、また話し始めた。


「……雪城榊のせいで、ねぇちゃんはすごく傷ついたのに。なのにみんな気にもしないで無神経にあのことを話すんです。俺はそれが許せなくて。確かに一紀ねぇと雪城榊は目立っていたけど、雪城榊はただねぇちゃんが好きになっただけで、ねぇちゃんを非難したんだ」


 そう語る光紀君の顔はとても深刻そうで、そうして天沢さんより傷ついているように思えた。天沢さんの中学時代の出来事は、もしかしたら光紀君さえも傷つけたのかもしれない。光紀君にとって大切なお姉さんを傷つけられたことは、多分忘れられない出来事なのだろう。


「天沢さんはね、多分だけど今でも雪城さんを尊敬しているんだと思う。だからこそ今、雪城さんとの出来事に向き合おうとしているんだと思う。雪城さんも何かあって天沢さんに会いに来たんだと思うし、もし私に協力できることがあるんだったら……」


 その時、後ろで何かの物音がした。正面の光紀君が一気に固まる。


「……光紀、明日も早いだろ。もう寝なさい」


 後ろから聞こえてくる声は確かに天沢さんだった。

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