novel.38 そんな所で泣いてないで

 降りたこともない駅の場所の土地勘などもあるわけもなく、私は駅を出てすぐ途方に迷った。この道を右か左か、天沢さんならどこに行くか。私がそう考えてうろうろしていると、ふと駅の入り口の端っこの暗い公衆トイレが目に入った。


(……まさかね)


 あんな危ない所に流石の天沢さんも入るわけがない。でも、もしと言うことがあるし一応見ておこう。そう思い立ち、私は公衆トイレに向かった。公衆トイレは目の前に男子用の立ちトイレがあり、その向かい側に個室のトイレがあるといういかにも危機感のない設計だった。でもその個室の中に、天沢さんはいた。扉も閉めないで、座り込んでいた。こういう時の勘はよく当たる。私はゆっくりと個室の中に足を踏み入れた。


「……天沢さん」


 私がそう声をかけると、天沢さんの体がびくっと震えた。でも何も答えない。私はもう1度「天沢さん」と声をかけた。


「……さっきは何も知らないのに、わかったようなこと言ってごめんね。でも私、天沢さんの力になりたい。私じゃ、何も出来ることない?」


 天沢さんはうずくまったまま何も答えない。私は天沢さんの正面にしゃがみ様子を伺ってみた。私が天沢さんの心を乱してしまったから、私は何か言える立場ではないのはわかっているけれど、でも、何もしないことは出来ない。更に言えばこんな場所にいる後輩を1人置いてはいけない。そんなことが出来るほど、私は冷たくない。


 すると、小さな声で何かが聞こえてきたのが分かった。


「……私なんだ」


「………え?」


「……悪いのは私のほうなんだ」


 そう言って天沢さんは顔を上げた。その顔はいつもの王子様が呆れてしまうぐらい涙でぐちゃぐちゃだった。


「私のほうこそ先輩に何も知らないくせになんて、酷いこと言って、私が謝らなきゃいけないんだ」


「そんなことないよ。ほら、もう泣かないで。綺麗な顔が台無しだよ」


 そう言って私がハンカチを取り出して涙を拭いてあげると、天沢さんはさらに泣き出すばかりで一向に泣き止む気配がなかった。私は困ってしまって、どうしようかとまた途方に暮れた。


「……ごめんなさい」


「こんなところで項垂れてどうするの。ほら、立って。ここは危ないから、場所移そう」


 私がそう言うと、天沢さんはぐずった子供のように、ようやく立ち上がって出てきてくれた。私はその時、天沢さんの制服のポケットに入っていた定期をひょい、と抜き取った。そうして降りる駅を確認してから、天沢さんの手を引いて駅の構内に戻った。

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