novel.33 ほどけない紐
薬真寺先輩はそう言い残すと、そのまま手を振って帰宅してしまった。私はその姿をぼーっと見送り、すっかり暗くなった生徒会室に一人残った。
(会わない方がいい、か……)
会わない方がいいも何も、私と雪城さんはさっき一度会ってしまったのだ。今更その事実をなかったことには出来まい。でも、薬真寺先輩は今後の為に私にそう忠告してくれたのだと思う。あの薬真寺先輩が、珍しく誰かに忠告をするなんて。こんなに珍しいことがあると、5月の夕方にも雪が降ってしまいそうな気分になる。そんな気分を抱えながらも私が生徒会室を後にすると、生徒会室に続く廊下の先で天沢さんがこちらに向かって歩いてきていた。
「あ、天沢さん……」
私がそう声をかけると、天沢さんは何気ない表情で私に近付いた。
「遅くなってすまない、こんな時間まで待っていてもらって申し訳ない」
「ううん、大丈夫。さっきまで薬真寺先輩と話していたから……」
その時、一瞬天沢さんの顔が曇った気がした。でもすぐに次の一瞬には、笑顔に戻っていた。
「……そうなのか、薬真寺先輩と。よし、では帰ろうか」
私はその言葉にこくり、と頷いて天沢さんの後を追った。生徒会室の鍵を職員室に返して、もうすっかり誰もいなくなった学校を2人で歩いて帰る。天沢さんは平然とした顔をして歩いていて、私もなんて話題を出せばいいのかわからず、沈黙の時間が続いた。先に沈黙を破ったのは、私のほうだった。
「あ、あのね、天沢さん」
「……なんだ、汐宮先輩」
「あのね、天沢さんに話さないといけないこと、と言ううか確認したいことがあるんだけれど、いいかな?」
「ああ、私に答えられることなら」
「……天沢さんが中学時代の話。百合の雪天って呼ばれていた話は、本当?」
私がその言葉を口にした瞬間に、天沢さんの動きが一瞬止まったように感じたが、天沢さんはまた真っ直ぐ歩き出した。
「雪城先輩が話したのか?あの後」
「……ううん。あの後は私は生徒会室にいたから、雪城さんとは会ってないよ。聞いたのは、薬真寺先輩。榊、さんって親し気に呼んでた。後輩だったんだって、薬真寺先輩の」
また沈黙が続く。天沢さんのほうから、数回息を吐いたり吸ったりする音が聞こえて、天沢さんは話し出した。
「……薬真寺先輩か。あの人が話すとは意外だった。他には、薬真寺先輩は何か言っていたか?」
「……うん。会うなって、雪城さんとは。何でも人を惹きつける才があるとか何とか言っていたけど。私を気遣ってくれたみたいで。でも私、何のことかさっぱりで……」
すると、天沢さんが急にこちらを向いて、私を真っ直ぐと見つめた。
「説明するよ。今から、私が全部」
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