novel.32 知らなかった過去

「先輩は、雪城さんを知っているんですか……?」


 私がそう言うと、珍しく、いや初めて薬真寺先輩は私の前で顔を曇らせて見せた。その表情には何とも、何も言い難い、という感情が読み取れた。


「……まさか聖に話す日が来るとは思ってなかったの。だって聖とは中学も地区も違ったから。ここ付近に住んでいる子とか、そのに通っていた生徒には有名な話なのだけれどね」


 そう言って、薬真寺先輩は少し黙った後に、また口を開いた。


「……昔々のこと、でもないんだけれどね。榊は私の1個下の後輩だったのよ。同じ部活のね。中学でやめたんだけれど、私、これでも陸上部だったの。私は全国大会に行けるほどではなかったけど、のちに全国大会に出場する榊がまだ入りたての頃は色々指導してあげてたのよ」


 突然明かされた事実に、私は頷くことすら忘れてしまっていた。


「そんな榊がね、ある日珍しく気に入った後輩が出来たって言うのよ。見てみれば同じ陸上部の後輩で、とてもおとなしい子なのだけれど。興味が沸いたって。それから数日して、私達の通っていた中学校にはなんて言葉が流れ始めた」


「百合の、雪天ですか……?」


「そう。何でも意味を尋ねれば、榊はその子と付き合ったんですって。雪城の雪と天沢の天を取って雪天せつてん。あまりにも容姿の整った二人だったし、なんだか意外だったこともあって、中学校では一躍有名なカップルになったわ」


 薬真寺先輩は多分、雪城さんの話をしているつもりなんだろうけれど、私にとってそれはの話としかとらえられなかった。これは紛れもなく、天沢さんの過去、中学時代の話だった。


「でもね、先に榊が高校に進学してから色々あったみたいで、結局百合の雪天はあっけなく破局。誰もが榊と同じ高校に進学すると思われていた天沢さんは、あっさり別の高校を受験して合格。それ以来、2人は別々の道を歩いた、と言うのがここの噂話、と言ううか有名な逸話よ」


 その話に、私は言葉を無くしていた。でも同時にさっきの反応に辻褄が合う。そりゃあ、元恋人に遭遇したら、天沢さんも動揺してしまうに違いないのだから。私が話してなんていうのか正解なのか、言葉を探していると、薬真寺先輩はそのまま椅子から立ち上がった。


「私は聖に何か言って欲しいとか、反応してほしくて言ったんじゃないのよ。でももし天沢さんがこのことを隠しているなら、そうして聖が榊と会うんだったら、知っておいた方がいいんじゃないかと思って私は言っただけ。でも、なるべく榊には会わない事よ」


 私はそこでようやく、口を開いた。


「どうして、どうして雪城さんとは会わない方がいいのですか?」


 私がそう尋ねると、薬真寺先輩は苦い顔をして答えた。


「榊には、人を惹き付ける才があるから」

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