novel.29 本当の気持ち
「もう一度聞く。私に惚れるのは怖いか?」
「そんなこと......!」
「人が誰かを好きになるのを強制はできない。するつもりもない。でも、貴方はまるで自分の気持ちを押し隠しているようだ。私は本当の貴方の気持ちが聞きたい」
ああ、天沢さんは痛い所をついてくる。とても痛い所を。私が天沢さんと付き合うとなったときに、唯一気を付けていたことを天沢さんはまんまと暴いてしまうから困った。
「っ、だって、天沢さん、だよ?あの、天沢一紀さんだよ?私とは付き合ってもお釣りが来すぎて困るぐらいの、そんな人と私、付き合っているんだよ?そんなの、あり得ないじゃない。本当に好きになるわけないじゃない。だって私が本当に好きになったら、体裁は付き合ってるけど、本当は私の一方的な片想いでした、なんて悲しいことになるんだよ?そんなことになるなら、なるぐらいなら私は天沢さんを好きにはなれないよ」
こんな風に、自分の本音を誰かに言ったのは初めてかもしれない。そうして、こんな真面目に聞いてもらったのも。天沢さんはなにも言わない。そうだよね、こんなこと言われたらさすがに幻滅するよね。ああ、ほんと、私何言っているんだろ。なんて思った時だった。
「そうしたら、今、私は悲しいことになっているよ。貴方に好かれていないとわかっていてもなお、脅して貴方を手中にいれた。先輩は、こんな私を哀れに思うかな」
私はその言葉に思わず、顔を上げて天沢さんの目を真っ直ぐと見た。
「まさか、そんなこと思わない!何があっても、私は天地がひっくり返っても天沢さんを哀れだなんて......」
「思わないなら、情けでもいい。ここで私の願いを一つ、聞いてくれないか?」
「......うん、何でも、私にできることなら」
天沢さんは少し悩んだあとに、視線を左右に迷わせてからまた私を見て、息を飲んだ。
「......私を、普通の何でもない人間として扱ってくれ。汐宮先輩。誰もが私に勝手な期待を抱く子の傲慢な世界の中で、唯一貴方だけが私をただの人として扱ってくれたんだ。だから私は貴方を......」
「わかった、わかったよ。扱う、これからも、いつも通りにするから。だから、泣かないで」
そう私に言われて、天沢さんは初めて自分が泣いていることに気がついたようだった。私は優しくその涙の粒を拭ってあげた。
「......言ったからな、これからも私にいつも通りに接するって」
「はいはい、約束しました。だからもう、いい年して泣かないの」
「すまない、涙が......」
そんなことを言い合っていた私たちはお互いの顔を見て、笑い合った。その瞬間だった。
「あら、別れて1年もしないうちに新しい恋人だなんて、精が出るわね。一紀」
後ろのドアが開いて、鈴としたそんな声が聞こえた。その瞬間に、天沢さんが止まった。涙も声もその全部が。
「......雪城先輩、どうして......」
恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはとても綺麗な人が立っていた。
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