novel.27 気持ちの交差

 私の降りる駅を通るこの電車は人が少ない路線だ。午後7時の帰宅ラッシュでも車内はがらんどうとしている。空いている座席の一番端に座るとその隣に、当たり前のように天沢さんが座った。今日は特に人が少なくて、他に人は乗ってこない。この車両に私達しかいないまま、そのうちに電車は発車してしまった。


 電車に揺られながらも、さっきから手は繋がれたままだ。なんとなく興味本位でつないだ手が未だに握られていることが、ほかに人もいないせいでなんだか気恥ずかしかった。しかもただ手を繋いでいるんじゃなくて、所謂恋人つなぎをしているものだから、私には難易度が高すぎて恐縮だ。でも天沢さんは、本当に平然としている。


「あ、あの、ごめんね。やっぱり人前でくっつくのとかは恥ずかしいよね……?」


「うん、できれば控えてほしい」


「あ、うん。ごめんね」


「もし私のファンの子に見つかったら、汐宮先輩が大変な思いをするだろ。それは嫌だ。こういっちゃなんだがあの子たちは本当にどこでもいるから、見られたら大変だから」


「……天沢さんは、嫌じゃないの?」


「もしあの子たちがいなければ本当は人に見せつけたいぐらい、と言いたいところだが生憎私も人前でイチャイチャするのは好きではない。可愛い貴方は私だけが見たいからな」


 なんだ、さっきから聞いていれば人前でくっつくのが嫌いなのかと思ったら、私がファンの子に見られて迷惑しないかとか、私の可愛いところは自分だけが見ておきたいとか、全然優しい理由じゃないか。ここは、もっと、こう、人前でくっついた私を責めるところじゃないのか。私は思わず握っている手に力を込めてしまった。


「天沢さん、変だよ。私のこと、全然怒らないじゃない」


「何か怒られるようなことをしたなら怒ったりもするが、別にしてないじゃないか」


「でも……」


「なんだ?それとも怒られたいのか?」


「え……?」


 そう言うと天沢さんは私の額をぴんっと、指で跳ねた。見た目の割には全然痛くない。


「いたっ、くない……」


「貴方は安心して私に惚れてればいいんだ。他に必要なことは何もない」


 綺麗な顔が私に迫る。私は思わず声を出していた。


「で、でも、誰かに縋り付くぐらい、人を好きになることなんてできるのかな」


「怖いか?私を好きになるのが」


「あ、天沢さん……ちょっと来て」


 私は天沢さんに近づいた。そうして天沢さんの耳に口を寄せた。


「怖い、私こういうの初めてだから。最初は脅されて仕方なく、って思ってたけど、今はほんのちょっと、天沢さんとこうしているのもいいかなって思ってる……ま、まだ好きだよって、ちゃんとは言えないけど……」


 その時ちょうどよく私の降りる駅に着いた。私は天沢さんから手を離した。


「そう言う訳だから、明日もよろしくね!じゃあ!」


 私はそうして恥ずかしさを隠すように、逃げるように電車から降りた。

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