novel.25 歩幅を合わせること
さっきあんなことを言ったのに、何故か天沢さんは私の隣にいた。職員室に生徒会の鍵を返しに行って、学校を出る。すっかり夜へと変貌した町の中を、駅まで歩いて帰る。いつもと変わらない下校なのに、天沢さんが隣にいるだけで変に緊張してしまった。でもこのまま何も話さないわけにもいかないし、私は勇気を出して声を出した。
「あの、天沢さん……」
「ん、なんだ?」
「あ、あの、さっきは、ごめんなさい……」
「私は汐宮先輩に謝るようなことはされていないが」
「あ、でも、その、さっきの言葉は恋人として配慮が足りなかったなって……」
「そんなの気にしていないよ」
「でも、……ごめんなさい。天沢さんはきっと私に好意があってしてくれていたのに、私、その好意を踏みにじるようなことして……」
「優しすぎるな、汐宮先輩は」
そう言って天沢さんは私の一歩先を歩いた。私が聞き返す前に、言葉を紡ぐ。
「貴方のそう言う優しいところは好きだが、優しすぎて自分を責めてしまうのはあまり頷けないな」
早足で歩く天沢さんに置いて行かれないように、私は歩くスピードを速めた。
「他の誰かに優しくしても、私には優しくなくてもいいんだぞ」
「……どういうこと?」
「そうだな。例えば……」
そう言って天沢さんは急にぱっと立ち止ってしまった。私も足に急ブレーキをかけて立ち止る。が、止まり切れずに前に倒れた体を、天沢さんがそっと支えてくれた。
「天沢さん、ごめんなさ……」
「私が早く歩いたら、貴方は私の話を聞くために、自分の歩くスピードを速めてくれただろ?私が急に止まったら、貴方は合わせて止まる。それが同級生とかになら正しい対応だろうな。でも私にはそれをしなくいていいんだ」
夜風に天沢さんの短い髪がさらさらと揺れる。私は天沢さんの言うことがいまいちよく理解できなくて、首を傾げた。それを見た天沢さんは困ったように笑う。
「つまり、歩くのが早いからもっと私のスピードに合わせて歩いて、って文句を言ってもいいってことだ。私はそう言われたらもちろんそうする。それが恋人って関係の根本だろ?」
「それが天沢さんだけには優しくしないってこと……?」
「うーん、そうだな、さっきの言葉には語弊があったな。わかりやすく言うと、私にはそんなに気を使わなくていいってことだ」
天沢さんは今度はゆっくりと歩き出した。
「困っていることがあるなら言っていいし、なにかされて嫌だったら嫌って言っていいんだ。逆に私だってもし仮に汐宮先輩にされて嫌なことがあったらはっきり言う。そう言うのが恋人って関係なんだぞ。だからこうして……」
天沢さんはそう言うと、私のスピードに合わせて隣で歩いた。
「隣で一緒に歩く努力が必要なんだ。その為には優しすぎるって言うのはあまり良くないな」
私はそこでようやく天沢さんの言いたいことが分かった気がして、少し、ほんの少しだけ自分の気持ちが楽になった気がした。
「うん、わかった」
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