novel.24 貴方を好きになることは

「じゃあ今日はこれで解散。また明日まとめて、会長に提出しましょ」


「はい、お疲れさまでした」


 日も暮れかかりそうな頃にようやく校庭から帰ってきて、今日の生徒会活動は解散になった。鍵を閉めようとした先輩に私はもう少し残ってから帰ることを告げ、鍵を受け取った。そうして1年生の子と先輩を見送り、生徒会室に居残った。


 5月はまだ、日が暮れるのが少し早い。6時ににもなると、外はかすかな暗がりを宿し始める。私はふと校庭が気になって、窓を開けた。春の終わりの風が、かすかに頬や髪を撫でていく。私は風で乱れて落ちてきた髪を耳にかけて、校庭を眺めた。ただ残念なことに校庭にはもう誰も残っていなかった。時間は6時。部活動生はとっくの前に片づけを終えてもう帰宅しているころだろう。私は校庭から空に目を移した。なんとなく、こんな一人の日暮れは帰りたくなくなる。ここで夜を明かしてしまいたい、そんな気持ちに。そう思って風に身を任せ、目を伏せた瞬間だった。


「汐宮先輩」


 この部屋に合わせたように、静かな声が私の名を呼んだ。私は驚いて目を開けて、後ろを振り返った。そこには天沢さんが制服姿で立っていた。


「天沢さん……」


 天沢さんは静かに生徒会室に入ると、ドアも開けたままで私の方に来た。


「まだ生徒会室に残っていると先輩に聞いた通りだった。……まだ帰らないのか?」


 私は静かに窓を閉じて、鍵を閉めた。


「ううん。もう帰るよ」


 でも、もう少しだけここにいたいんだ。とは言えずに、名残惜しくも窓から離そうとした私の手の上に、細くて華奢な手がかぶせられた。気が付けば、天沢さんが私のぴったり後ろに、私を後ろから抱きしめるようにして立っていた。私の手のひらに、天沢さんの指が重ねられる。


「私を好きになってくれたのかと思った」


「……何の話?」


「目が合っただろう、さっき」


「ああ、気づいてたんだ」


「どうして私を見ていたんだ?」


「……それは」


 それは、なんて言えばいいのだろうか。天沢さんが人気者らしくしているのを見てなんだか流石だなぁと思ってしまった、というだけの話で、それ以上の深い意味などはないのに。


「流石だなぁって思っただけ、人気者らしい振舞いをしていたから、天沢さんは人気者なんだなぁって」


「でも私を見ていた貴方の顔は確かに火照っていた」


「夕日が当たっただけだよ」


「いや、私に惚れている顔だった」


 そう言って天沢さんは私の手を離すと、そのまま私に腕を回して抱きしめようとした。


「まだ素直にはならないのか?」


 その腕を私は拒んで、天沢さんの腕の中で向き合うように正面を向いた。


「……もう帰ろう。ごめんなさい、まだ私の中で、整理がついていないから」


 その時、背中で完全に太陽が沈んだのを感じていた。

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