novel.19 貴方を惚れさす方針

 そう言った瞬間、電話の向こうで天沢さんが固まるのが分かった。


「あ、あれ……?天沢さん?」


 私がそう声をかけても何も返事がない。あれ、もしかして私、すごく失礼なこと言っちゃったりしちゃったかな……と不安になった。しばらく天沢さんの言葉を待っていると、数秒して耳に大きな音が届いた。


「貴方は、脅されて仕方がないから、よしじゃあ興味も沸いたことだし自分の青春の時間をささげて私と付き合ってみよう、みたいなことだって言うのか……!?」


「あ、ごめん、傷ついちゃった?」


「それは肯定の意味か!?私は貴方の心配をしているんだ!そんな気軽さで付き合っていいものじゃないだろ!」


「特に肯定の意味はなかったんだけれど」


 私は天沢さんが何でそんなに怒っているのかが分からなくて、頭を抱えてしまった。


「あの、えっと、つまり……?」


「よし、わかった。気が変わったよ、汐宮先輩」


「へ……?」


「私のことが好きでたまらなくて仕方がなくなって、もし万が一別れ話をしようものなら泣き出して私に縋りつくぐらい、私に惚れさせる。今、決めた」


「……」


 今度は私が固まる方だった。確固たる自信をもって言っている天沢さんに私は何も返すことが出来なかった。今の状況的に私が天沢さんに別れ話をすることもないし、天沢さんに別れ話を持ち出されて泣いて縋ることもないだろう。仮に私をそうしたとして天沢さんは何が目的なんだろう。


「泣いて縋りつくぐらい私を好きにさせることに、天沢さんのメリットってある?」


「……ああ、ああ、あるとも。その様子だと汐宮先輩は相当私に惚れない自信がある、ということだな?」


「別にそういうことじゃないけど……。もう、何言っても仕方ないか。じゃあ楽しみにしてるよ、天沢さんが私を惚れさせてくれること」


「そんな余裕も無くすから、楽しみにしててくれ」


 そんな話をしているうちに、時計は22時を指していた。


「じゃあ天沢さん、明日も早いから今日はこれで」


「ああ、今日は話せてよかった。おやすみなさい、汐宮先輩」


「おやすみなさい、天沢さん……って、あ、そうだ。最後に一つ聞いてもいい?」


「ああ、なんでもどうぞ」


「今日の日記にはなんて書くの?」


「日記?」


「言ってたじゃない。日課の日記にはもうほどんど私の観察日記のようになっているって」


「ああ、そのことか。今日は特別だからな。初めて汐宮先輩と電話をした、と書いたついでに初めて電話した記念日にしてもいい」


「いや、そんな記念日をいちいち作っていたらいつか記念日が多すぎて数えられなくなっちゃわない?」


「そうか、記念日は多い方がいいのだと思っていたが。汐宮先輩がそう言うのなら記念日認定するのはやめにしよう」


「うん、そうして。……じゃあ本当におやすみなさい、天沢さん」


「ああ、よい夢を。汐宮先輩」


 私は電話を切って、ほっと、一息ついた。


「意外に天沢さんってコミカルだな……」

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