お互いを知らない初々しい時間

novel.16 互いを知る電話の約束

 百合ラノベ界の大人気作品ともいえる「王道シリーズ」のあらすじは女子高に通う取り柄のない主人公が、ある日学園の王子様である同級生に告白され付き合うことになる、という至って普通の物語だ。ただその圧巻の文章力と表現力、先の見えない展開に一躍百合ラノベ界の代表作となった作品。作家は望留もちどめもも先生で、サイン会に行ったファンが言うには登場人物の学園の王子様そっくりな容姿をしている……とここまでがインターネットの記事に書いてあった大体の内容だ。


 私はそこまで読んでも、まだ天沢さんの心がわからずにいた。


 昨日強引な形で告白され、私は渋々と言うべきかノリノリと言うべきかはわからないが、天沢さんの告白を承諾した。承諾した理由はただ一つ、天沢さんに興味を持ったから、でそれ以外に大した理由はなかった。それに百合ラノベの王道シリーズみたいな夢、という言葉に興味心を突かれてしまったものある。そりゃあもし「王道シリーズ」みたいな体験が出来るんだったらしたいし、私にだってそう言う興味はあるし。まさかこんな形にはなると思っていなかったけれど。そんなわけで、ふと気になった「王道シリーズ」について調べていたのだった。


 その時スマホの通知音が鳴った。私はパソコンから目を離して、机の上のスマホを手に取った。通知欄には天沢一紀あまさわいつきという名前が表示されていた。私はメールを開いて、メッセージを確認した。昨日付き合うということになって、私の連絡先を天沢さんに教えたのだが、私はみんなが今やっている流行りのメッセージアプリを使っていなかったので、携帯に最初から付いているメールアプリでやり取りをすることにした。


 メールには、


『今日の夜、よかったら電話で話したい。まだお互いを知らないところもたくさんあるし色々話したいのだが、ご都合はいかがだろうか?』


と言うものだった。私は


『大丈夫だよ、何時ぐらいがいいかな?』


と返信した。するとすぐに返事が返ってきた。


『都合がよければ21時ぐらいでどうだろうか?』


『わかった、じゃあその時間にまた連絡するね』


『了解だ』


 そんなおおよそ恋人とは思えない会話をして、私はメールを閉じた。大体天沢さんは私を好きだと言ってくれたけれど、私の中ではまだ天沢さんのことはよく知らない、という感情の方が大きくて、好き、とかまで達していない。ただ興味があるだけで。だから、こういう機会はもしかしたらすごくいいのかもしれないな、なんて思っいながら私は「王道シリーズ」の続刊を手に取った。

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