novel.13 後輩に押し倒される日

「あ、天さ、」


「汐宮先輩」


 急に名前を呼ばれて、私はすぐに返事も返せず、ただ天沢さんを眺めることしか出来なかった。夕陽が落ちてきて、さっき電気を消してしまったせいで生徒会室がほの暗い闇に包まれる。その中で顔がよく見えないはずの天沢さんの感覚を、私は近くで感じていた。


「……天沢さん?どうか、したの?」


 ようやく声を出すことが出来て、そう尋ねると私の二つ分ぐらい高い身長の天沢さんが、私が寄り掛かっていた机を掴んだ。実質、私は天沢さんの腕に囲まれて、逃げられない状況になっていた。


「あ、あの、天沢さ……」


「読んでくれたか?」


「……え?」


「昨日の本、もう読んでくれたか?」


「……うん、全部じゃないけど……」


「へぇ、何を読んだんだ?」


「え、?あ、あの、すごい王道シリーズの、学園の王子様が出てくる学園ラブコメのやつ……」


「……そうか。それを読んで、汐宮先輩は憧れなかったか?」


「……あ、憧れるって何に……」


「女子高の学園の王子様」


「……王子様?」


「例えば自分が通っている女子高の学園の王子様が実は自分のことを好いていて、告白されて付き合うことになる、とか」


「それは、あの本の話じゃない?現実に起こるなんてとても……」


「じゃあ例えば、入学当初から目を奪われていた先輩が実は百合ラノベ好きだと知って、百合ラノベ好き同士付き合ってみよう、というシュチュエーションなら信じてくれるか?」


「天沢さん、何か、おかしいよ……?」


「汐宮先輩はどんなシュチュエーションなら信じてくれる?受け入れてくれるんだ?」


 そう言って顔を上げた天沢さんの目は綺麗に輝いていて、私はそれをただ見つめることしか出来なかった。


「どんなシュチュエーションなら信じるって……」


「じゃあ例えば、」


「うわ、ちょ、きゃっ!」


 その声と同時にどざっ、という鈍い音と背中の軽い痛みを感じた。怖くなって閉じた目を、恐る恐る開くとそこには私に覆い被さった天沢さんがいた。


「天沢さ……!?」


「例えば、学園の王子様みたいな生徒会の後輩が、汐宮先輩を実は好いていて、今、告白しているんだとしたら、汐宮先輩はどうする?」


 押し倒された勢いで呼吸が浅く感じる。押し倒されたことを、私はまだ実感できずにいた。


「どうする、って……」


「好きだ、汐宮先輩」


「……へ?」


「入学した日から一目惚れした。貴方が好きだ、汐宮先輩。私と付き合ってくれないか?」


「わ、わたし……」


「……もしいい返事を貰えなかったら、明日汐宮先輩が百合ラノベ好きであることにプラスして私の告白を断ったことも方々に全部言いふらすが、どうする?」

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