novel.9 百合と悩みの口止め料
カフェで会計を済ませてから店を出て、私達は最寄り駅に向かって歩き始めた。
「あの、天沢さん。連絡先ありがとう。とりあえず受け取ったから、その、また連絡するかは別として、ちゃんと大切に保管しておくね」
「そうしてもらえるとありがたい」
「特に言う予定はないんだけど、一応確認だけ。もしほかの人に連絡先聞かれても、教えない方がいいんだよね?」
「ああ、そうだな。できれば知らないと言ってもらえれば助かる。その方が汐宮先輩も厄介ごとに巻き込まれにくいだろうしな」
私は頷いて、正面を見た。なんか、ただ本を買いに来ただけなのにこんなことになるとは思ってもみなくて、今更になってあの天沢さんとカフェでお茶をしたんだという緊張感が襲って来た。だけど私には今後先一生ない機会だろうな、と思った。
「連絡先のことだが、どんな些細なことでもいいので連絡してくれると嬉しい。実は前から汐宮先輩とはゆっくり話してみたかったものでな。私は電話が好きなのだが、メールでも構わない。好きな時に良かったら連絡してくれ」
そう言った天沢さんの言葉に、私は少し笑みをこぼしてしまった。まだ春の余韻を残した柔らかな風が、少し私の気分を高揚させた。
「ふふ、天沢さんってさ、絶対好きな子には甘いよね」
私がそう言うと、天沢さんは少し驚いた表情を浮かべながら「そうかな」と言って笑った。
「うん、そう。絶対そうだと思う。こんな関わりもない先輩にもそんなこと言ってくれるんだから、きっと好きな子には甘いよ」
私はそう言って少し歩くのが早い天沢さんの後を追いかけるように、足を速めた。
「ごめんね。私、天沢さんのこと全然知らないからこんなこと聞いちゃうんだけど、あ、もし、嫌だったら答えなくていいんだけど、天沢さんって恋人さんとかいるの?」
そう言うと天沢さんは少し無言になった後、
「いや、いないよ」
と、答えてくれた。
「へぇ、なんか意外だな。天沢さん素敵だからもう恋人さんがいるものなのかと思ってたよ。あ、でもそっか。ファンクラブとかあると難しいよね……」
「まぁ、もし仮に出来たとしても私は公表するつもりはないんだ。そもそもあれは勝手にやっている有志活動みたいなものだからな。一応名乗るときは<非公式>とつけてもらうように頼んでいるし」
「……大変なんだね」
「……まぁでも、応援してもらえることは嬉しいことだから、な」
そう言った天沢さんの顔は、少しも笑っていなくて、やっぱり大変なんじゃないか、と私は思ってしまった。そんな会話をしているうちに、駅についてしまった。
「じゃあ汐宮先輩、私はここで」
そう言った天沢さんに、私は声をかけた。
「あの、天沢さん……」
「……ん?」
「あの、その、私が百合ラノベを好きだって事、他言厳禁でお願いしてもいいかな」
「……ああ、わかった。そう頼まれたなら他言はしないよ。私は口が堅い方なので安心してくれ」
「良かった、ありがとう」
「ああ、それじゃあ、また学校で」
「うん、学校で」
そう言って颯爽と人混みの中に消えていった天沢さんの姿を、私はしばらく目で追いかけていた。
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